4 / 71
4
しおりを挟む社交辞令かと思っていたのだが、どうやらヤノシュ伯爵令嬢は本気だったようだ。
夜会から数日後。
私宛てに屋敷に届いた招待状には、簡単な挨拶とお茶会の日時が記されていた。
彼女は一体どういうつもりなのだろう。
私はなんだか嫌なものを感じ、体調不良ということにしてお断りの手紙を出した。
しかし数日後、彼女は見舞いと称し、我がコートニー侯爵家にやってきたのだ。
しかも彼女の側には皇宮直属の騎士服を身に纏った護衛と思しき男性が。
通常、皇宮の護衛は婚約者として正式に発表がなされてからの配属となる。
それなのに彼女がもう護衛を連れているとは……エミル殿下はそれほどまでに彼女を大事に思っているのか。
「突然押しかけてしまい、すみません。でも私、ルツィエル様のことがどうしても心配で……」
仕方なく通した応接室で、ヤノシュ伯爵令嬢は夜会の時とはまるで違う、殊勝な態度を見せた。
彼女とは友人でもなんでもない。
これまでだって、私の体調なんて気にした事もないだろうに。
本当に心配だというのなら、どうしてそっとしておいてくれないのか。
「私のせいで、ルツィエル様につらい想いをさせてしまったこと、申し訳なく思っているんです」
「は……?」
「ルツィエル様は、エミル殿下の婚約者に内定されていたのでしょう?しかもルツィエル様は、ずっとエミル殿下のことを想っていらしたと聞きましたわ」
「だれがそんなことを……!」
彼女の父ヤノシュ伯爵は、言っては悪いが帝国の中枢に関わることのできるような人物ではない。
けれど父親からでなければ、一体誰が──
(まさか、エミル殿下から?)
表情を変えた私を見て、一瞬、ヤノシュ伯爵令嬢が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「必死の努力が実って、せっかくエミル殿下の婚約者に内定したというのに……こんなことになってしまって本当にごめんなさい」
謝罪の言葉を口にしながらも、込み上げる笑いをこらえきれないのか、その口元は僅かにつり上がっている。
この事実を彼女に教えたのが本当にエミル殿下なのだとしたら、あまりにも残酷すぎる。
私の気持ちを知っていて、しかも手紙一枚で婚約内定を白紙という不義理な終わり方を強いておいて尚、私を貶めるような真似をするなんて。
口外しないように注意しても、彼女が大人しく口を噤むはずがない。
この事が広まれば、噂好きなご婦人方の格好のネタになり、社交界に私の居場所はなくなってしまう。
「それでその……とても言いづらいことなのですが、私……エミル殿下と婚約する事になったんです」
「そう……なのですか。それはおめでとうございます」
「まあ!祝って下さるのですか!?嬉しいわ!」
わかっていたことだが、いざ目の前で告げられると思った以上にこたえる。
しかし、そんな私の心情を知ってか知らずか、ヤノシュ伯爵令嬢は屈託なく微笑むと、目の前に置かれた紅茶に手を伸ばした。
「よかったわ。私、てっきり嫌われてしまったかと……このことを聞いたらエミル殿下もきっとお喜びになりますわ」
それはそうだろう。
忠臣の娘に不義理を働いた上に、その事が原因で恨まれているとあれば、いくら記憶をなくしているとはいえ、エミル殿下だって良心が痛むはずだ。
世間から冷徹だと言われてはいるが、本当の彼は、とても優しい人なのだ。
「私のことなどお気になさらず。どうぞお幸せに」
私は平静を装いながら紅茶を嚥下した。
とにかく一刻も早くこのお茶会を終わらせたい。そんな気持ちでいっぱいだったから。
「ええ、安心しましたわ。これなら遠慮なくルツィエル様にお願いできますもの」
「お願い?」
「私、ルツィエル様にお友だちになって欲しいんです」
「お友だち……?」
「ええ!だって、婚約者に内定していたルツィエル様に側で支えていただけたなら、これから待ち受けている困難も乗り切れると思うのです!」
早い話が取り巻きの一人になれということか。
「それはエミル殿下のご意向も入っておられるのですか?」
「え……?いいえ。でも、殿下はきっと喜んでくださると思いますわ!」
──馬鹿なの?
思わず口から出かかった言葉を飲み込んだ。
だが、浅慮にも程がある。
友だちがどうこうなどと、彼女が口にした内容はそんなに単純な問題では済まない。
皇太子妃を輩出しようとしていた我がコートニー侯爵家を筆頭とした派閥は今、皇室に対して怒り心頭のはず。
それなのに、どうして友だちになれるなんて思うのか。
私が保身のために派閥に背を向けるとでも思っているのか。
「申し訳ありませんが、私、しばらく領地に帰りますの」
嘘だ。
そんな予定はなかったが、ここにいてはいらぬ争いに巻き込まれるだけのような気がして、咄嗟に嘘をついた。
「ではいつお戻りになられますの?」
「さあ……いつになるのかまでは何とも言えません。ユーリア様、私具合が良くありませんの。そろそろよろしいかしら」
私は立ち上がり、彼女に帰るよう促した。
するとほんの一瞬、彼女が僅かに顔を顰めるのが見えた。
しかしすぐにいつもの愛らしい表情に戻り、慌てて席を立つ。
「体調が良くなられたら、ぜひまたご一緒しましょうね」
彼女はそう言い残して帰って行ったのだった。
187
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
愛してしまって、ごめんなさい
oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」
初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。
けれど私は赦されない人間です。
最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。
※全9話。
毎朝7時に更新致します。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる