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社交辞令かと思っていたのだが、どうやらヤノシュ伯爵令嬢は本気だったようだ。
夜会から数日後。
私宛てに屋敷に届いた招待状には、簡単な挨拶とお茶会の日時が記されていた。
彼女は一体どういうつもりなのだろう。
私はなんだか嫌なものを感じ、体調不良ということにしてお断りの手紙を出した。
しかし数日後、彼女は見舞いと称し、我がコートニー侯爵家にやってきたのだ。
しかも彼女の側には皇宮直属の騎士服を身に纏った護衛と思しき男性が。
通常、皇宮の護衛は婚約者として正式に発表がなされてからの配属となる。
それなのに彼女がもう護衛を連れているとは……エミル殿下はそれほどまでに彼女を大事に思っているのか。
「突然押しかけてしまい、すみません。でも私、ルツィエル様のことがどうしても心配で……」
仕方なく通した応接室で、ヤノシュ伯爵令嬢は夜会の時とはまるで違う、殊勝な態度を見せた。
彼女とは友人でもなんでもない。
これまでだって、私の体調なんて気にした事もないだろうに。
本当に心配だというのなら、どうしてそっとしておいてくれないのか。
「私のせいで、ルツィエル様につらい想いをさせてしまったこと、申し訳なく思っているんです」
「は……?」
「ルツィエル様は、エミル殿下の婚約者に内定されていたのでしょう?しかもルツィエル様は、ずっとエミル殿下のことを想っていらしたと聞きましたわ」
「だれがそんなことを……!」
彼女の父ヤノシュ伯爵は、言っては悪いが帝国の中枢に関わることのできるような人物ではない。
けれど父親からでなければ、一体誰が──
(まさか、エミル殿下から?)
表情を変えた私を見て、一瞬、ヤノシュ伯爵令嬢が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「必死の努力が実って、せっかくエミル殿下の婚約者に内定したというのに……こんなことになってしまって本当にごめんなさい」
謝罪の言葉を口にしながらも、込み上げる笑いをこらえきれないのか、その口元は僅かにつり上がっている。
この事実を彼女に教えたのが本当にエミル殿下なのだとしたら、あまりにも残酷すぎる。
私の気持ちを知っていて、しかも手紙一枚で婚約内定を白紙という不義理な終わり方を強いておいて尚、私を貶めるような真似をするなんて。
口外しないように注意しても、彼女が大人しく口を噤むはずがない。
この事が広まれば、噂好きなご婦人方の格好のネタになり、社交界に私の居場所はなくなってしまう。
「それでその……とても言いづらいことなのですが、私……エミル殿下と婚約する事になったんです」
「そう……なのですか。それはおめでとうございます」
「まあ!祝って下さるのですか!?嬉しいわ!」
わかっていたことだが、いざ目の前で告げられると思った以上にこたえる。
しかし、そんな私の心情を知ってか知らずか、ヤノシュ伯爵令嬢は屈託なく微笑むと、目の前に置かれた紅茶に手を伸ばした。
「よかったわ。私、てっきり嫌われてしまったかと……このことを聞いたらエミル殿下もきっとお喜びになりますわ」
それはそうだろう。
忠臣の娘に不義理を働いた上に、その事が原因で恨まれているとあれば、いくら記憶をなくしているとはいえ、エミル殿下だって良心が痛むはずだ。
世間から冷徹だと言われてはいるが、本当の彼は、とても優しい人なのだ。
「私のことなどお気になさらず。どうぞお幸せに」
私は平静を装いながら紅茶を嚥下した。
とにかく一刻も早くこのお茶会を終わらせたい。そんな気持ちでいっぱいだったから。
「ええ、安心しましたわ。これなら遠慮なくルツィエル様にお願いできますもの」
「お願い?」
「私、ルツィエル様にお友だちになって欲しいんです」
「お友だち……?」
「ええ!だって、婚約者に内定していたルツィエル様に側で支えていただけたなら、これから待ち受けている困難も乗り切れると思うのです!」
早い話が取り巻きの一人になれということか。
「それはエミル殿下のご意向も入っておられるのですか?」
「え……?いいえ。でも、殿下はきっと喜んでくださると思いますわ!」
──馬鹿なの?
思わず口から出かかった言葉を飲み込んだ。
だが、浅慮にも程がある。
友だちがどうこうなどと、彼女が口にした内容はそんなに単純な問題では済まない。
皇太子妃を輩出しようとしていた我がコートニー侯爵家を筆頭とした派閥は今、皇室に対して怒り心頭のはず。
それなのに、どうして友だちになれるなんて思うのか。
私が保身のために派閥に背を向けるとでも思っているのか。
「申し訳ありませんが、私、しばらく領地に帰りますの」
嘘だ。
そんな予定はなかったが、ここにいてはいらぬ争いに巻き込まれるだけのような気がして、咄嗟に嘘をついた。
「ではいつお戻りになられますの?」
「さあ……いつになるのかまでは何とも言えません。ユーリア様、私具合が良くありませんの。そろそろよろしいかしら」
私は立ち上がり、彼女に帰るよう促した。
するとほんの一瞬、彼女が僅かに顔を顰めるのが見えた。
しかしすぐにいつもの愛らしい表情に戻り、慌てて席を立つ。
「体調が良くなられたら、ぜひまたご一緒しましょうね」
彼女はそう言い残して帰って行ったのだった。
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