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しおりを挟む男は足音ひとつ立てず、さっきまで私が横になっていた寝台の方へ進んでいく。
(おかしいわ)
まるで部屋の構造をあらかじめわかっていたかのように、その足取りには迷いがない。
そして男の手は剣の柄に添えられている。
間違いない。私を殺すつもりだ。
男は寝台の上に私がいないことに気づくとランプの明かりを消し、辺りを見回した。
(怖い)
恐怖で身体が小刻みに震え、額に汗が滲む。
見つかるのは時間の問題だ。
どうして、なぜ私が殺されなければならないの。
皇太子の婚約者であれば、貴族のパワーゲームに巻き込まれ、命を狙われるのも理解できる。
けれど私は婚約を白紙にすることを大人しく受け入れたではないか。
男の動きに合わせ、空気が揺れる。
「ここにいたか」
頭上から聞こえた男の声は、ぞっとするほど低かった。
「あ……あ……」
喉が震え、声を上げることもできない私を見て、男はにやりと口元をつり上げた。
「悪いな。あんたに恨みはないが、こっちも仕事でね」
窓から差し込む月光を浴び、男が構えた剣の刃がギラリと光る。
こんなところで私は死ぬのか。
「いや……いやだ……エミル殿下……!!」
必死で声を振り絞り、愛しい人の名を呼んだ瞬間だった。
自分に向かって振り下ろされるはずの刃が止まる。
「う……ぁ……」
男はうめき声と共に目を見開き、口から大量の血を噴いた。
暗闇に目を凝らすと、男の身体から突き出た剣の先が見えた。
「ひっ……!!」
糸の切れた人形のように、男が床の上に崩れ落ちると、現れたのはまた黒装束に身を包んだ男。
フードを目深にかぶり、口元を覆っている。
(仲間?でも仲間ならどうして──)
「ぎゃあっ!」
廊下から金属同士がぶつかる音がして、男の悲鳴が聞こえた。
いったい何が起こっているのか。
訳がわからず、私は両腕で身体を抱いた。
剣に付いた血を素早く払うと、男が口を開いた。
「怪我は?」
「あ……え……?」
「怪我はないかと聞いている」
(私を殺すんじゃないの?)
男は放心したように見上げる私の全身を見回し、怪我がないことを確認すると小さく息を吐いた。
「疲れているところ悪いが、今すぐここを発て。途中まで我らの手の者が加勢する」
「我らの手の者……?あなたは何者ですか?」
男はその問いに答えてはくれなかった。
しかし、私を殺そうとした者たちの仲間でもなさそうだ。
(味方かどうかはわからないけれど、敵ではなさそうね)
今から発てば、明日の昼には領内に入る。
けれど、果たしてこのまま領地に帰ってもいいのだろうか。
暗殺者は明らかに私を狙っていた。
これは、自分の知らないところで何かが起こっているに違いない。
このまま領地に戻ってしまえば帝都の情勢がなにもわからなくなってしまう。
(そんなの嫌)
自分の命を他人の好きになんてさせてたまるか。
私は強く拳を握り締めた。
「あの、帝都まで送ってもらえないでしょうか!?」
「帝都?領地に行くのではないのか」
(なんで私が領地に行くって知ってるの?)
そんな疑問が頭を掠めたが、今はそれどころではない。
「彼らは明らかに私の命を狙っていました。なぜなのかを知りたいのです。だから戻ります」
男は少し驚いたように身体を引いて、私を見据えた。
そして一瞬、微笑むように目を細めた。
(笑った?)
暗くて良く見えないが、なぜかどこかで見たことがあるような気がした。
しかし男は、果たしてそれが誰だったのか思い出す時間を私に与えてはくれなかった。
「駄目だ」
そう言うと、間髪入れずに私を肩に担いだのだ。
「え?きゃあっ!!」
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