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13 三か月前の真実② エミル

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 意識が完全に回復してから数日。
 まだ思い通りに身体を動かすことはできなかったが、確実に快方に向かっていた。
 あれだけの惨事に巻き込まれたにもかかわらず、本当に、奇跡としか言いようがない。
 自身の悪運の強さに感謝した。

 ここでの生活は、食事が一日に三度。
 そして朝食後、怪我の具合を診に医者がやって来る。
 入り口の扉の前には兵士と思しき男が二人。
 おそらく私の身の安全のためというよりは、万が一にも逃げないよう見張っているのだろう。
 事故当時身につけていた衣服や剣は、部屋の中には見当たらない。
 (参ったな。脱出しようにも武器が無ければ……)
 用心しているのだろうか、武器の代わりになりそうなものは、この部屋に一切置かれていない。
 あれこれと考えを巡らせていると、入り口の扉が開いた。
 食事をのせたトレーを持ってやってきたのは、いつも給仕を担当している女。
 
 「いつもすまないな」
  
 話しかけても女からは『いえ……』といった返事しか帰ってこない。
 おそらく私の身分を知らされていないのと、余計な会話を禁止されているのだろう。
 今日の昼食はパンとシチュー、そして野菜の酢漬けにフルーツだ。
 皇宮での食事に比べるとだいぶ劣るものの、味付けは悪くない。
 
 「これは君が作っているのか?」
 
 「お、お気に召しませんでしたでしょうか」

 「いや、美味いから礼を言おうとしただけだ」

 褒められる事に慣れていないのか、女は恥ずかしそうに下を向いた。
 彼女は私が食べ終えるまで部屋の隅で待つ。
 そしてすべての食器が揃っているか確認してからトレーを持って部屋を出る。
 おそらくそれも言い付けられているのだろう。
 たかが食器一つでも、使いようによっては武器になる。
 (だがそれを女が知っているかどうかは別だ)
 この数日、女の油断を誘うために、最大限努力して愛想よく接してきた。
 
 「頼みがあるんだが」
 
 部屋の隅にいた女が顔を向ける。
 
 「このデザートを食べたいんだが、身体が本調子でないせいか、一度に腹に入らないんだ。もう少し後で食べるから、置いて行ってくれないだろうか」

 女は困ったような顔をして悩んでいる。
 (外の兵士に聞きに行かれると厄介だな)
 そう思っていると女は立ち上がり、やはり外の兵士に聞きに行こうとしている。

 「待ちなさい」

 女は足を止め、振り返る。
 
 「その……男がデザートを食べたいなんて少し恥ずかしいから、できればこのことは誰にも言わないでほしい。困らせて悪かった。夕方は医師も来ないし、君さえ内緒にしていてくれたらと思っただけだ。せっかく作ってくれたものを残すのは残念だが、下げてくれ」

 私の言葉を聞き、女は胸の前で手を組んでしばらく考え込んでいた。
 やがて、近付いてきてトレーを手にした女は、そこからフルーツののった皿と、銀色に光るフォークを残して部屋から出て行ったのだった。

 
  




 
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