もう、追いかけない

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中

文字の大きさ
16 / 71

16 三か月前の真実⑤ エミル

しおりを挟む




 誰にも見られないよう細心の注意を払いながら、男性をヤノシュ伯爵邸に運んだ。
 客室に連れて行くものだと思っていた男たちは、ヤノシュ伯爵が指示した場所に驚きを隠せなかった。
 それは、ヤノシュ伯爵邸の地下。
 貯蔵庫の管理人が使用していた部屋だった。
 そこには急いで運ばせたと思われるそれなりの寝台と、ベッドサイドチェストが置いてあるだけ。
 
 ──こんな場所に皇族を?
 
 誰もが疑問を感じたが、今はなによりも治療が先だ。
 男たちは男性をゆっくりと寝台の上におろす。

 『二人ずつ交代で見張りにつけ。いいな、絶対にこのことは誰にも言うんじゃないぞ』

 ヤノシュ伯爵はそう言うと、男たちを部屋から出した。
 見張りに立つ二人を残し外に出ると、事故でかろうじて生き残った者たちが同じように伯爵邸に運び込まれていた。
 しかし彼らは地下ではなく、全員邸内のとある一室に入れられた。
 そして当然のように、そちらも見張りが立てられた。
 なぜ皇族の男性だけが地下に?
 もしかして、助けようとしているのだろうか。
 ヤノシュ伯爵は、隣にいた男から指示を受けているようだった。
 その男は事故現場を確認するとすぐに姿を消した。
 もしかしたら、ヤノシュ伯爵は彼に逆らえなかったのだろうか。
 そして思いがけず生き残った男性を匿おうと?
 安全面を考慮して、簡単には手出しできない場所で治療を受けさせようと考えたのだろうか。
 けれどそれではあの『俺にもついに運が向いてきたのかもしれない』という言葉の意味は?
 男たちは訳がわからず困惑した。
 ただ一つ確かなのは、自分たちが大勢の人間の命を奪ったということだけ。
 帰り道、口を開くものは誰一人としていなかった。
 そして男性は、昏睡状態だったのが嘘のように驚異的な回復を見せ、今日に至る。


 「あの人何も聞かないけど、この状況がおかしい事くらいとっくに気付いてるはずだ。ここを出たいって言われたら俺たちはどうすりゃいいんだ?」

 男たちがヤノシュ伯爵から言われたのは、男性を何があってもここから出すなという事だけ。

 「その時は仕方がない。力ずくで止めるだけだ。なに、あのお綺麗な顔と細身の身体……それにずっと寝てたんだ。大したことはできないだろうさ」

 「まあ、それもそうだな……ん?」

 男は急に扉の方を振り返る。

 「どうした?」

 「いや、何か人の声がしたような……」

 「気のせいじゃないか」

 しかし会話を止め、耳を澄ますと扉の向こう側からうめき声のようなものが聞こえてくる。

 「お、おい!容態が急変したんじゃないのか?」

 身体は順調に回復しているように見えたが、男性は頭も打っていたはずだ。
 二人は慌てた。

 「ここは俺に任せてお前見に行ってこい!」

 「あ、ああ!」

 いち早くうめき声に気付いた男が扉に手を掛けた。
 足を踏み入れると、中は相変わらず薄暗く、空気は澱んでいた。
 寝台の置いてある方へ進むと、うつ伏せになり、苦しげに頭を押さえる男性の姿が。

 「だ、大丈夫か!?」

 急いで側へ駆け寄った瞬間、男の身体は反転した。

 「!?」

 突然の事に理解が追い付かない。
 男は剣を抜く暇もなく、後ろから首を絞め上げられていた。
 仲間を呼ぼうと咄嗟に口を開くと、さらに強い力が加わった。

 「シ────ッ。死にたくなかったら大人しくしておいた方がいい。だが死にたいなら……好きなだけ人を呼びなさい。付き合ってあげるよ」

 艶のある声が耳元で妖しく響く。
 男は言い知れぬ恐怖に襲われ、声を発することができなかった。

 「良い子だ。では質問に答えてもらおう」



 






しおりを挟む
感想 265

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...