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16 三か月前の真実⑤ エミル
しおりを挟む誰にも見られないよう細心の注意を払いながら、男性をヤノシュ伯爵邸に運んだ。
客室に連れて行くものだと思っていた男たちは、ヤノシュ伯爵が指示した場所に驚きを隠せなかった。
それは、ヤノシュ伯爵邸の地下。
貯蔵庫の管理人が使用していた部屋だった。
そこには急いで運ばせたと思われるそれなりの寝台と、ベッドサイドチェストが置いてあるだけ。
──こんな場所に皇族を?
誰もが疑問を感じたが、今はなによりも治療が先だ。
男たちは男性をゆっくりと寝台の上におろす。
『二人ずつ交代で見張りにつけ。いいな、絶対にこのことは誰にも言うんじゃないぞ』
ヤノシュ伯爵はそう言うと、男たちを部屋から出した。
見張りに立つ二人を残し外に出ると、事故でかろうじて生き残った者たちが同じように伯爵邸に運び込まれていた。
しかし彼らは地下ではなく、全員邸内のとある一室に入れられた。
そして当然のように、そちらも見張りが立てられた。
なぜ皇族の男性だけが地下に?
もしかして、助けようとしているのだろうか。
ヤノシュ伯爵は、隣にいた男から指示を受けているようだった。
その男は事故現場を確認するとすぐに姿を消した。
もしかしたら、ヤノシュ伯爵は彼に逆らえなかったのだろうか。
そして思いがけず生き残った男性を匿おうと?
安全面を考慮して、簡単には手出しできない場所で治療を受けさせようと考えたのだろうか。
けれどそれではあの『俺にもついに運が向いてきたのかもしれない』という言葉の意味は?
男たちは訳がわからず困惑した。
ただ一つ確かなのは、自分たちが大勢の人間の命を奪ったということだけ。
帰り道、口を開くものは誰一人としていなかった。
そして男性は、昏睡状態だったのが嘘のように驚異的な回復を見せ、今日に至る。
「あの人何も聞かないけど、この状況がおかしい事くらいとっくに気付いてるはずだ。ここを出たいって言われたら俺たちはどうすりゃいいんだ?」
男たちがヤノシュ伯爵から言われたのは、男性を何があってもここから出すなという事だけ。
「その時は仕方がない。力ずくで止めるだけだ。なに、あのお綺麗な顔と細身の身体……それにずっと寝てたんだ。大したことはできないだろうさ」
「まあ、それもそうだな……ん?」
男は急に扉の方を振り返る。
「どうした?」
「いや、何か人の声がしたような……」
「気のせいじゃないか」
しかし会話を止め、耳を澄ますと扉の向こう側からうめき声のようなものが聞こえてくる。
「お、おい!容態が急変したんじゃないのか?」
身体は順調に回復しているように見えたが、男性は頭も打っていたはずだ。
二人は慌てた。
「ここは俺に任せてお前見に行ってこい!」
「あ、ああ!」
いち早くうめき声に気付いた男が扉に手を掛けた。
足を踏み入れると、中は相変わらず薄暗く、空気は澱んでいた。
寝台の置いてある方へ進むと、うつ伏せになり、苦しげに頭を押さえる男性の姿が。
「だ、大丈夫か!?」
急いで側へ駆け寄った瞬間、男の身体は反転した。
「!?」
突然の事に理解が追い付かない。
男は剣を抜く暇もなく、後ろから首を絞め上げられていた。
仲間を呼ぼうと咄嗟に口を開くと、さらに強い力が加わった。
「シ────ッ。死にたくなかったら大人しくしておいた方がいい。だが死にたいなら……好きなだけ人を呼びなさい。付き合ってあげるよ」
艶のある声が耳元で妖しく響く。
男は言い知れぬ恐怖に襲われ、声を発することができなかった。
「良い子だ。では質問に答えてもらおう」
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