もう、追いかけない

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24 三か月前の真実⑬ エミル




 「私を見たというのは地下か?」

 ラデクは首を横に振る。
 
 「いいえ、一階の客室でした」

 ラデクたちは皇宮から派遣された一団に紛れ込み、確かに私を見たと言う。

 「ヤン、ヤノシュ伯爵邸内で私に似た男を見た事があるか?」

 「い、いいえ。そもそも俺たちは屋敷の中をうろつく事は許されていませんでしたし、出入りも使用人たちが使う裏口でしたから」

 「では事故の前に、見知らぬ人間が出入りしている所は見たことあるか?」

 「ああ……それは……確か事故の数日前だったかな、領内を行く見知らぬ馬車を見ました」

 「怪しいな……」

 私の偽者が本当にヤノシュ伯爵邸にいたというのなら、恐らくその馬車でやってきたに違いない。
 本物は地下に隠して、偽物を皇宮の一団に見せるなんて、小心者のくせになかなか大胆なことをしてくれる。

 「数日して目を覚まされた殿下はすべてを忘れておられ……皆が動揺を隠せず、頭を抱えました」

 しかし治療の面を考えても、こんな所にいつまでも皇太子を置いておく訳にはいかない。
 幸い記憶を失った以外目立った外傷もなかったために、一団は偽物を皇宮に連れ帰ったそうだ。
 本物の私はなかなかの重症だったが。

 「皇宮に戻られた殿下は、臣下たちの顔はほとんど忘れておられました。もちろん我々のことも。ただ唯一、陛下と皇后陛下の顔はおわかりになったそうですが」

 「そりゃ在位も長いし絵姿も出回り過ぎてるからな。この国に住んでいれば誰だって父上と母上の顔は知ってるさ。記憶喪失というのは偽物だと気付かれないようにするための嘘だろう」

 これだけ大掛かりなことを実行するには、入念な準備がなければ不可能だ。
 その間、偽物には学ぶ時間が山ほどあったはず。
 それなのに記憶喪失なんて手段を取らざるを得なかったのは、偽物の私は貴族の顔と名前も覚えられないようなぼんくらだということだ。
  
 「はい。その……それで……」

 やけに歯切れが悪い。

 「なんだ?」

 「あの……皇宮に戻られた殿下に、ルツィエル様が何度も面会を申し込まれて……」

 「ルツィエルが!?」

 あまりの驚きに思わず音を立てて身を乗り出してしまった。
 恥じらって、私に話し掛けることも躊躇うルツィエルが、何度も面会を求めたと?

 「ルツィエル……」

 ニヤつく顔を止められず、思わず手で顔を覆う。
 心配だっただろう。
 それは夜も眠れぬほどに。
 なんて可愛いのか──
 そこである懸念が頭をよぎる。

 「おい!その偽物、まさかルツィエルに手を出してはいないだろうな!?」

 「それが……殿下の偽物はルツィエル様を無視し、ヤノシュ伯爵令嬢と逢瀬を繰り返されて──」

 「なんだと……?」

 ラデクの口から発せられた聞き捨てならない一言に、頭の中が真っ白になった。
 ルツィエルを無視?誰が?私が?いや違う、私のそっくり野郎が?

 「挙げ句ルツィエル様に、婚約内定を白紙に戻すと……それも直に告げるのではなく、他人に手紙を書かせておりました」

 ──は……?

 「まて、ラデクお前……今なんて、今なんて言った?」

 「あの……ですから、ルツィエル様との婚約内定を白紙にと──」

 ヤンとラデクの目の前で、エミルが手を置いていただけのテーブルがベキベキと音を立てて割れた。
 
 「う、家で一番高いテーブルがぁぁあ!!」

 「っ、殿下!どうかお気を確かに!」

 こんな衝撃的な事実を聞かされて、それでも尚、お気を確かにいられる人間がいたら教えてもらいたい。
 
 「婚約内定を白紙……?婚約内定を白……」

 これまでの苦労が、いきなり現れた偽物野郎の手によって、すべて水の泡にされただと?
 いや、それだけじゃない。

 「ラデク!ルツィエルの様子は!?」

 「それがその……こちらも見ていられないほどに憔悴しておられて……」

 ──ルツィエルが、傷付けられた

 目の前が真っ暗になる。
 大切に大切に見守ってきた愛しいルツィエルが……

 「ラデク……皇宮に戻るぞ……」

 腹の底から仄暗い炎が勢いよく燃え盛る。
 ルツィエルを……しかも私にそっくりな顔で傷付けるとは万死に値する。

 「市中どころか帝国中引き回した上で少しずつ肉片に変えてやらねば気が済まん……!」
 
 ヤンが少し離れた所にいるダナの耳をカタカタと震えながら塞いでいるが、これは当然の報いだ。
 
 「殿下、お気持ちはわかりま──」

 「既に結婚していて子だくさんのお前にこの気持ちがわかるかぁっっ!!」

 なんのために周りから口煩く言われようが二十八まで独身を貫いてきたと思ってる。
 乳牛闘牛老牛と、事あるごとに誘惑という名の迷惑な体当たりをかまされ、臣下の娘や妻を斬り殺しそうになったことなど何度もある。
 いや、ひと思いにやってしまいたかった。
 けれどそれをしなかったのは妖精だからだ。
 血にまみれた暴君なんて、妖精が好きなルツィエルになんて見せられる訳がない。
 
 「殿下!確かに私は素晴らしい妻と子どもたちに恵まれておりますが、とにかく落ち着いてお聞きください!この問題は、ただ乗り込めば済む問題ではないような気がしております!」


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