もう、追いかけない

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26 旅路





 皆さんこんにちは、ヤンです
 現在俺は、幼い妹と畑に出ていた両親、そして村の人たちと共に、よくわからない場所へと連こ……いえ、案内されている最中です。

 領主様から、皇太子暗殺というとんでもない悪事に加担させられてしまい、俺の人生は変わりました。
 いえ、悪事に加担したから変わったというよりは、この集団の先頭を行く自称妖精皇太子様のせいで変わったと言った方が良いような気がします。

 「ちゃんとついてきてるか、ヤン」

 「はっ、はい!!」

 このように、妖精様が定期的に馬上からお声掛けくださるのですが、その度に黒装束の集団の嫉妬混じりの視線が向けられ、非常に肩身の狭い思いをしています。

 「お兄ちゃ──ん!」

 可愛い妹は、妖精様と同じ馬に乗せてもらい、ご機嫌です。
 我が妹ながら、肝の据わった女です。大物の器です。


 「なあ、ヤン。いったい俺たちどこに連れて行かれるんだ」

 オトの顔は不安そうだ。
 殿下と過ごした一日は、俺にとってもオトにとっても、人生で一番濃ゆく刺激的な時間だったから、不安になるのも仕方ない。
 “非常時のための場所”
 行き先について、殿下はそれしか教えてはくれなかった。
 けれど何故か俺は──いや、俺だけじゃない。
 村の皆も、そして口ではこんな風に言ってるオトだって、内心は殿下について行けばなんとかなると思ってる。
 不思議な人だ。
 緊急事態が勃発すると、鬼畜が前面に出過ぎるのが困りものだが、何故かどんな窮地もこの人といれば大丈夫だと思わせる何かを持っている。
 それは皇族だからとか、そんな理由じゃない。
 (やっぱり妖精だから……?)
  
 「もうすぐだ、皆あと少し頑張ってくれ」

 もう少し?
 確かこの先には、小さな村があったと記憶している。
 まさか、その村が“非常時のための場所”なのだろうか。
 (皇太子の避難先っていうと、もっとこう……)
 使われていない古城とか、人里から隠れた秘密の場所みたいな所を想像していた。
 しかし、辿りついた先はそのまさかだった。

 夕暮れが迫る時間、点在する家屋からは夕食の良い匂いが漂ってくる。
 周囲には田畑が広がり、大きな建物が一つも見当たらない、どこまでものどかな風景。

 俺たちが着くなり、村の人間たちが待っていたかのように家から出てきた。 
 その中で、長と思しき老年の男性が奥からゆっくりと歩いてくる。
 突如、黒装束の男たちが膝を付き、頭を垂れた。
 これは、彼らが殿下に対してした行為と同じだ。
 (何者なんだ?)
 男性は殿下の前まで来ると、深々と礼をした。
 
 「久しいな、ゾルターン。急で悪いが緊急事態だ。この者たちと共に世話になるぞ」

 「帝国の若き太陽、尊きエミル殿下。このゾルターン、生きているうちに再びお目にかかる日がこようとは……光栄至極に存じます。事故に遭われたと聞き、心配しておりました。ですが殿下は帝都におられるという事でしたが……」

 「私の偽物が出た」

 殿下は詳しく説明するでもなく、その一言だけをゾルターンに告げた。
 すると、温厚そうなゾルターンの顔からは一瞬で笑みが消え、その双眸が尖く光った。

 「この者たちは」

 ゾルターンは俺たちに目を向けた。

 「犠牲者だ。しばらく面倒を見てやってくれ」

 殿下の言葉を聞いた村人たちは、俺たちの側に寄り、老人や子どもたちから順にそれぞれの家屋へと案内を始めた。
 
 「あ、あの」

 「どうした、ヤン」

 「ここはいったい……」

 「ここは私のために作られた村だ」

 殿下が言うには、このような村は帝国各地に存在し、殿下の身に何か起こった時の避難先となっているのだという。
 村人は主に殿下の元で長年働き、退役した者から募っているそうだ。
 
 「このゾルターンは今のラデクの地位にいた者だ。凄腕だぞ。お前の頭を気付かぬうちに丸刈りにする事だって簡単だ」

 どうしてそういう発想になるのかさっぱりわからないが、とにかく凄い人なのはわかった。

 「村人も全員関係者で、常日頃訓練を受けている。万が一刺客が追ってきたとしても、軍隊でも来なければ負けることはない。だから安心して暮らせ」

 それは、俺たちにもここに根を下ろせという事なのだろうか。
 豊かではなかったが、やはり生まれ育った村に未練がないと言えば嘘になる。

 「大丈夫だ、ヤン。すべてが終わったら必ずお前たちを故郷に返してやる。もちろん頑張った褒美付きでな。だから私が帰るまで大人しく待っていろ」

 「殿下はどこに行かれるのですか?」

 「まだ決めてない。だが明朝出発する。こちらも反撃開始だ」

 そう言って笑う殿下の顔は、男の俺から見ても美しく、キラキラと輝いていた。
 そして今の言葉で、黒装束の男たちに気合いが入るのが肌で感じられた。

 ──こんな凄い人の心をとらえて離さないルツィエル様という女性はどんな人なのだろう


 明朝、俺たちが目を覚ますと、既に殿下と黒装束の集団の姿はなかった。
 泊めてもらった家の人に聞くと、殿下からは俺たちを起こさずゆっくり休ませるように言われたそうだ。
 昨晩、ゾルターンの家の明かりは遅くまで付いていた。
 一番疲れているのは殿下だろうに。
 ろくに休息も取らず行ってしまったのか。
 (本当はとても優しい人なんだな……)

 だが、そんな風に思った俺は馬鹿だった。
 この数時間後、殿下の置き土産(ゾルターン鬼教官の秘密訓練)が俺とオトを待っている事を、出されたうまい朝食に感動している俺たちはまだ知らない……







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