26 / 71
26 旅路
しおりを挟む皆さんこんにちは、ヤンです
現在俺は、幼い妹と畑に出ていた両親、そして村の人たちと共に、よくわからない場所へと連こ……いえ、案内されている最中です。
領主様から、皇太子暗殺というとんでもない悪事に加担させられてしまい、俺の人生は変わりました。
いえ、悪事に加担したから変わったというよりは、この集団の先頭を行く自称妖精皇太子様のせいで変わったと言った方が良いような気がします。
「ちゃんとついてきてるか、ヤン」
「はっ、はい!!」
このように、妖精様が定期的に馬上からお声掛けくださるのですが、その度に黒装束の集団の嫉妬混じりの視線が向けられ、非常に肩身の狭い思いをしています。
「お兄ちゃ──ん!」
可愛い妹は、妖精様と同じ馬に乗せてもらい、ご機嫌です。
我が妹ながら、肝の据わった女です。大物の器です。
「なあ、ヤン。いったい俺たちどこに連れて行かれるんだ」
オトの顔は不安そうだ。
殿下と過ごした一日は、俺にとってもオトにとっても、人生で一番濃ゆく刺激的な時間だったから、不安になるのも仕方ない。
“非常時のための場所”
行き先について、殿下はそれしか教えてはくれなかった。
けれど何故か俺は──いや、俺だけじゃない。
村の皆も、そして口ではこんな風に言ってるオトだって、内心は殿下について行けばなんとかなると思ってる。
不思議な人だ。
緊急事態が勃発すると、鬼畜が前面に出過ぎるのが困りものだが、何故かどんな窮地もこの人といれば大丈夫だと思わせる何かを持っている。
それは皇族だからとか、そんな理由じゃない。
(やっぱり妖精だから……?)
「もうすぐだ、皆あと少し頑張ってくれ」
もう少し?
確かこの先には、小さな村があったと記憶している。
まさか、その村が“非常時のための場所”なのだろうか。
(皇太子の避難先っていうと、もっとこう……)
使われていない古城とか、人里から隠れた秘密の場所みたいな所を想像していた。
しかし、辿りついた先はそのまさかだった。
夕暮れが迫る時間、点在する家屋からは夕食の良い匂いが漂ってくる。
周囲には田畑が広がり、大きな建物が一つも見当たらない、どこまでものどかな風景。
俺たちが着くなり、村の人間たちが待っていたかのように家から出てきた。
その中で、長と思しき老年の男性が奥からゆっくりと歩いてくる。
突如、黒装束の男たちが膝を付き、頭を垂れた。
これは、彼らが殿下に対してした行為と同じだ。
(何者なんだ?)
男性は殿下の前まで来ると、深々と礼をした。
「久しいな、ゾルターン。急で悪いが緊急事態だ。この者たちと共に世話になるぞ」
「帝国の若き太陽、尊きエミル殿下。このゾルターン、生きているうちに再びお目にかかる日がこようとは……光栄至極に存じます。事故に遭われたと聞き、心配しておりました。ですが殿下は帝都におられるという事でしたが……」
「私の偽物が出た」
殿下は詳しく説明するでもなく、その一言だけをゾルターンに告げた。
すると、温厚そうなゾルターンの顔からは一瞬で笑みが消え、その双眸が尖く光った。
「この者たちは」
ゾルターンは俺たちに目を向けた。
「犠牲者だ。しばらく面倒を見てやってくれ」
殿下の言葉を聞いた村人たちは、俺たちの側に寄り、老人や子どもたちから順にそれぞれの家屋へと案内を始めた。
「あ、あの」
「どうした、ヤン」
「ここはいったい……」
「ここは私のために作られた村だ」
殿下が言うには、このような村は帝国各地に存在し、殿下の身に何か起こった時の避難先となっているのだという。
村人は主に殿下の元で長年働き、退役した者から募っているそうだ。
「このゾルターンは今のラデクの地位にいた者だ。凄腕だぞ。お前の頭を気付かぬうちに丸刈りにする事だって簡単だ」
どうしてそういう発想になるのかさっぱりわからないが、とにかく凄い人なのはわかった。
「村人も全員関係者で、常日頃訓練を受けている。万が一刺客が追ってきたとしても、軍隊でも来なければ負けることはない。だから安心して暮らせ」
それは、俺たちにもここに根を下ろせという事なのだろうか。
豊かではなかったが、やはり生まれ育った村に未練がないと言えば嘘になる。
「大丈夫だ、ヤン。すべてが終わったら必ずお前たちを故郷に返してやる。もちろん頑張った褒美付きでな。だから私が帰るまで大人しく待っていろ」
「殿下はどこに行かれるのですか?」
「まだ決めてない。だが明朝出発する。こちらも反撃開始だ」
そう言って笑う殿下の顔は、男の俺から見ても美しく、キラキラと輝いていた。
そして今の言葉で、黒装束の男たちに気合いが入るのが肌で感じられた。
──こんな凄い人の心をとらえて離さないルツィエル様という女性はどんな人なのだろう
明朝、俺たちが目を覚ますと、既に殿下と黒装束の集団の姿はなかった。
泊めてもらった家の人に聞くと、殿下からは俺たちを起こさずゆっくり休ませるように言われたそうだ。
昨晩、ゾルターンの家の明かりは遅くまで付いていた。
一番疲れているのは殿下だろうに。
ろくに休息も取らず行ってしまったのか。
(本当はとても優しい人なんだな……)
だが、そんな風に思った俺は馬鹿だった。
この数時間後、殿下の置き土産(ゾルターン鬼教官の秘密訓練)が俺とオトを待っている事を、出されたうまい朝食に感動している俺たちはまだ知らない……
138
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
愛してしまって、ごめんなさい
oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」
初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。
けれど私は赦されない人間です。
最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。
※全9話。
毎朝7時に更新致します。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる