もう、追いかけない

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 休まず馬を走らせ、ようやく宿場に辿り着いた時にはもう夜中だった。
 宿屋の入り口は既に施錠されており、明かりも消えている。
 (ルツィエルは到着しているのだろうか)
 敵が帝都付近で暗殺に及ぶとは考えにくい。
 狙われるとしたら宿屋か、人気のない街道だろう。
 (万が一姿を消した奴らが追手だとしたらまずいな)
 コートニー侯爵家の騎士は精鋭揃いだが、私の私兵にはおそらく及ばない。
 ラデクを始め、この隊に属するものには騎士道などという概念は捨てるよう言ってある。
 例え汚い手を使おうとも、生き残ることがすべて。
 だから自ずと戦い方も変わってくる。
 
 私は部下を呼び、近くに停めてあるはずの馬車を確認するよう急がせた。
 この宿は安全面においては宿場の中でもかなり信頼が置ける。
 しかし万が一敵が善人を装い、客として潜伏していたとしたら、その安全性は逆手に取られてしまう。
 入り口の扉に付けられた叩き金を鳴らすも、中からは返事がない。
 (仕方ないな)
 剣の刃先を扉と鍵の間に差し込み、無理矢理破壊する。
 鍵が落下するのと同時に、馬車の確認に行かせた部下が戻ってきた。
 
 「殿下、やはりコートニー侯爵家の馬車が停まっていました」
 
 「そうか、確認のため中に入るぞ。中の構造は理解してるな?二人一組で動け」

 宿屋の中に足を踏み入れる。
 中は奇妙なほどに静まり返っていて、気を付けていないと歩を進めるたびにギシギシと床が鳴る音が響く。
 (おかしい)
 確かに夜中ではあるが、この時間ならまだ店主は仕事をしているはず。
 私はラデクと共に宿屋の中を進んだ。
 曲がり角に差し掛かり、僅かに顔を出してその先を見る。
 すると奥の角部屋に、黒装束の男が二人立っていた。
 彼らの足元には、コートニー侯爵家の制服を着た騎士が、血を流し倒れている。
 そして一人は今まさにドアノブに手を掛け、中に入ろうとしていた。
 黒装束の男たちを見たラデクが、驚いたように口を開いた。

 「あれは……間違いない、離反した奴らです!」

 「ならあそこにルツィエルがいるのは間違いないな。ラデク、外の奴は頼んだぞ。できれば生かしてすべて吐かせろ」

 言い終わる前に、私は走り出していた。
 扉の前の男は、突然現れた同じ黒装束の私たちを見て、仲間かと思ったのだろう。
 対応が遅れた男は大きく後ずさった。
 ラデクが男と対峙している隙に部屋の中に入ると、男が床に座り込むルツィエルに向かって、今まさに抜き身の剣を振り上げようとしているところだった。

 「いや……いやだ……エミル殿下……!!」

 久し振りに聞いた声が、まさか自分に助けを求め、名前を呼ぶものだなんて。
 その瞬間私は、自分でも恐ろしいほど正確に、男の心臓を貫いていた。
 男が絶命し、床に崩れ落ちると、その先にはずっと会いたかったルツィエルの姿が。
 窓から漏れる月の光を浴び、大きな瞳を涙で濡らした姿に胸が張り裂けそうになった。
 今すぐ抱き締めて、真実をすべて話して聞かせてやりたい。
 きっと声を上げて泣くだろう。
 だから涙が止まるまで、目元に、頬に、唇に、何度も何度も口づけて慰めたい。

 「ル──」

 思わず名前を呼びそうになったが、僅かに残る理性が頭の中でガンガンと警鐘を鳴らした。

 ──妖精は人殺しなんてしない

 (そうだった……私は妖精)
 それなのに、目の前で思いっきり殺ってしまった。
 しかもルツィエルは両腕で自身の身体を抱き、私を見上げながらぷるぷると震えているではないか。
 (ものすごく怖がられている)
 これはまずい。
 私は抱き締めたくなる衝動を必死で抑え、平静を装いながら剣に付いた血を払った。
 
 


 
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