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しおりを挟むルツィエルは私の本性を知らない。
そうだ、落ち着け。
いつも通りの自分でいればいいだけだ。
「怪我は?」
「あ……え……?」
(ぐぅぅ……可愛いっ……可愛いぞルツィエル……!!)
怯えたように私を見上げる姿がまるで子猫のようで、悶えずにいられない。
こうなると身元を隠すために被っていたフードと、口元を覆ったマスクは大正解だった。
しっかりしろ、今の私は妖精ではない。
暗殺者を躊躇なく仕留める様は、どう考えても正義の味方には見えないだろう。
最悪殺人鬼のように思われているかもしれない。
素でいいんだ、素で。
目の前にいるのもルツィエルではなく、部下だと思うんだ。
「怪我はないかと聞いている」
するとルツィエルは泣き顔から一転、大きな目をぱちくりとさせて、放心したように私を見つめ返した。
何年も我慢に我慢を重ねた私にとって、この無垢な顔の破壊力たるや、凄まじいものがある
(だめだ……可愛い……可愛すぎる)
自制心決壊まで一刻の猶予もない。
私は煩悩を逃がすように息を吐いた。
「疲れているところ悪いが、今すぐここを発て。途中まで我らの手の者が加勢する」
ルツィエルは領地に帰る途中だ。
暗殺者を始末したからといって、その道中が安全である保証はどこにもない。
このまま私たちの仲間から半数ほど割いて、コートニー侯爵領まで護送させよう。
そして到着後は数名残し、いつものように秘密裏の身辺警護にあたらせる。
そう思ったのだが、ルツィエルから帰ってきたのは意外な答えだった。
「あの、帝都まで送ってもらえないでしょうか!?」
なぜ帝都に戻りたいのか。
私の偽物と、それに侍る阿婆擦れに、散々手酷い仕打ちをされたのだろうに。
けれどルツィエルは真っ直ぐに私を見て言った。
「彼らは明らかに私の命を狙っていました。なぜなのかを知りたいのです。だから戻ります」
(芯の強いところは相変わらずだな……)
そういえば幼い頃は、物怖じせずに発言する子だった。
それがだんだんと遠慮がちになり、謙虚さを身につけ、今では私を見ると恥ずかしそうにして口を噤むようになった。
私に対しても遠慮せず、そのくらいの勢いでぶつかってくれればいいのに。
こんな非常時に何だが、嬉しいような淋しいような、少し妙な気持ちになり、思わず顔が緩んでしまった。
(いかん。殺人鬼の気持ちを取り戻せ)
ルツィエルの願いなら何でも叶えてやりたいが、今だけは駄目だ。
危険だからではない。
一番の理由は、これから私が帝都でやる事の一部始終を知られたくないからだ。
「駄目だ」
ここでルツィエルの顔を見てしまえば決心が鈍る。
私はそう告げると間髪入れずにルツィエルを肩に担ぎ上げた。
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