もう、追いかけない

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 「おい……あれはなんだ?」

 皇宮の入り口を守る衛兵の一人が、こちらに向かって馬で駆けてくる黒装束の集団に気付き、声を上げた。
 集団は速度を落とすことなくやってくる。

 「お、おい!止まれ!!」

 しかし集団は衛兵の制止を難なく振り切り、皇宮内へと侵入した。
 そして大玄関に辿り着くと馬を下り、それまで深々と被っていたフードと顔を覆う布を全員が一斉に取り払った。
 非常事態を聞きつけ、大玄関に駆け付けた騎士たちは、全員が目を剥いた。
 なぜならそこには、現在執務室にいるはずの皇太子と瓜二つの男が立っていたからだ。
 そしてその周囲には見知った顔の男たちの姿も。
 呆然とする騎士たちに向かってラデクが声を上げた。

 「皇太子エミル・バルダーク=フェレンツ殿下のご帰還だ!皆のもの、道を開けよ!」

 エミルの顔、そしてラデクたち側近の存在を目にしても尚、騎士たちは混乱しているようだった。
 
 「今皇宮内にいるのは私の偽物だ。道を開けろ。拒否するなら遠慮なく斬るぞ」

 紫水晶の双眸が、見る者すべてを凍て付かせるような冷気を纏っている。
 エミルは鞘から剣を抜き、騎士たちが立ち塞がる方向へと真っ直ぐに歩いて行った。
 そしてラデクたちも同じように剣を抜き、エミルの後に続いた。
 エミルの発する威圧感に抗えず、騎士たちは黙って道を開けるしかなかった。


 *


 二十八年慣れ親しんだ宮殿だが、今日ほど騒がしい日は初めてだ。
 すれ違う文官たちは、まるで幽霊にでも出くわしたような顔で、回廊を行く私を見ている。

 「ラデク、まずは私の執務室を取り戻す。お前たちは中にいる者をすべて捕縛しろ」

 偽物があの部屋で生活していると思うと腹立たしくてしょうがない。
 ルツィエルとの婚約内定が決まった時、私が真っ先にした事が、執務室の模様替えだ。
 いずれ彼女がこの部屋に通うことになるだろうと、新しい家具を注文し、それが届いたばかりだった。
 特に中央に置いたソファは、疲れた身体をルツィエルと共に休めるための特注品だ。
 背の高い私が横になっても十分足が伸ばせるし、いざという時には背もたれが倒せるようになっている。
 これから皇太子妃となる日を迎えるまでに、宮中でのしきたりや作法など、これまでの生活では馴染みのなかった特殊な事柄も学ばなければならない。
 ただでさえ真面目なルツィエルのことだ、きっと必要以上に肩に力が入ってしまうだろう。
 そんな時は私が寄り添い、そっとほぐしてやらなければと思った。
 だから皇宮に来たときは、必ず私の部屋に寄るよう言うつもりだった。
 あのソファに並んで座り、一緒に茶を飲みながらその日あった事を聞く。
 つらいことがあればそっと抱き締めてやり、お互いの気持ちを少しずつ確かめ合いながら距離を縮めようと……

 「殿下、今は目の前の事に集中してください」

 「うるさい。これだけ酷い目に遭ったんだ、妄想くらいしたって罰は当たらないだろう」

 回廊の先に、執務室の扉が見えた。
 
 「さて……見せてもらおうじゃないか。私とそっくりだというその顔を」
 
 
 

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