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しおりを挟む──しまった
そう思った時にはもう遅かった。
あまりに強い怒りが瞬時に湧き上がり、それを抑え込むために握った拳から、物騒な音が鳴る。
ルツィエルは眉間に皺を寄せ、信じられないものを見るような目を私に向けていた。
ずっと待ち望んでやまなかったルツィエルからの愛の言葉。
ようやくそれが聞けたと思ったのに、やはりルツィエルは帝都で受けた仕打ちを偽物の仕業ではなく、私が自分の意思でしたものだと思っている。
「お相手の方は、私とは正反対のとても可愛らしい方で……心変わりされてもしかた──」
(ルツィエルより可愛い女性などこの世にいるわけがないだろうが……!!)
それに、私はあっさりと心変わりするような軽い男ではない。
拳を握る手に力が入り、さっきより派手な音を立てて骨が鳴る。
ルツィエルが目を見開き怯えるのが見える。
だが許してくれ。
拳を握っていないと、側にいる奴らを片っ端から殴り飛ばしてしまいそうなんだ。
それがわかっているのか、ラデクを始め部下たちは皆、じりじりと私から距離を取り始めた。
そして何やらルツィエルに祈るようにして念を送っている。
しかしそんな私たちの様子に気付く訳もなく、ルツィエルは続ける。
「私は、あの方に幸せになって欲しいのです。だから黙って身を引きました。けれどその直後に予期しない事が立て続けに起こりました」
そしてルツィエルは、亡くなった騎士や店主夫妻の弔いのためにも帝都へ戻りたいと、私に向かって深く頭を下げた。
ルツィエル、私が幸せになるためには君の存在が不可欠なんだ
人生のすべてを捧げるほど愛した男に、あんな酷い目に遭わされたのだ。
何よりも私の事を優先する君が、黙って身を引こうとしたのも理解できる。
けれど本物の私は……例え記憶を失ったとしても、この本能は絶対に君を憶えている。
だから、絶対に逃したりしない。
例え君が嫌だと泣き叫んだって、地の果てまで逃げたって、必ず捕まえて二度と離さない。
だって私を選んだのは君なんだから。
全てが終わったら、この腕の中でどろどろに甘やかしてあげる。
──だから、今はどうか安全な場所にいて
「駄目だ」
「は!?」
私は心を鬼にして馬車の扉を閉めさせた。
そしてようやく集まってきたコートニー侯爵家の騎士たちの方へ足を向けた。
「状況は確認したな。仲間の亡骸は、必ずコートニー侯爵の元に送り届ける。だからお前たちは必死で彼女を守り抜け」
「あ、あなた方は何者ですか!」
ひとりの騎士が声を上げた。
説明するのも面倒だし、いらぬ憶測をされても困る。
私は顔を覆っていた布を取って見せた。
「エ、エミル殿下!?」
「細かく説明してる暇はない。今から私が言うことを黙って飲み込め。そしてこの件について、誰になにを聞かれても一切口を開くな。帝都にいる私は偽物だ。全てが終わるまで、お前たちはただひたすらにルツィエルを守れ、いいな」
私を知っている人間なら、黙って飲み込めと言えば飲み込むのだが、彼らはまだ私の正体について半信半疑だ。
この顔は二つとない奇跡だというのに、重ね重ね腹が立つ。
「ルツィエルの命を狙ったのも、その偽物を操っている人間だ。もう理解したな?コートニー侯爵領までは我らの仲間が同行する。ルツィエルがなにを言っても絶対に聞くな。ひたすらに走れ」
それでもまだなにか言いたげな顔をしていたが、睨みつけて黙らせた。
皇太子の威厳だけは誰にも真似できたものじゃない。
ようやく信じる気になったのか、私に向かって軽く礼を取り、それぞれ自分の馬に乗り始めた。
ルツィエルは扉を叩いて抵抗していたが、騎士たちは見て見ぬふりで出発した。
「……可哀想に」
離れていく馬車を眺めながら、ラデクが呟いた。
「せめてお顔くらい見せて差し上げれば良かったのでは?コートニー侯爵令嬢はこの三か月、帝都で相当つらい想いをされたでしょうに」
再び被っていたフードと口元を覆っていた布を取り払った。
久し振りに新鮮な空気が肺を満たす。
「あれだけ私を想っているくせに、偽物との見分けもつかなかったのだ……だからやめた」
嘘だ。
ただの強がりだ。
本当は嬉しくてたまらなかった。
会えたことも、嘘偽りのない気持ちを聞かせてくれたことも。
「まあ、この状況ならやめといて正解かもしれませんね。コートニー侯爵令嬢、殿下のことを相当美化してましたし……って、気持ち悪い笑い方するのやめてもらえません?情熱的な告白をされて、嬉しいのはわかりますけど」
「うるさいぞ。……さあ、私たちも出発だ。悪い子にはお仕置きが必要だからな」
「……これから殿下がなさる一部始終が、ルツィエル様の耳に入らないことを祈ります」
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