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しおりを挟む(命よりも大切に思う方……?)
そしてルツィエルは続けた。
「もしこの事件が、その方の失脚を望むような輩の仕業だとしたら、見過ごすことなどできません!」
ルツィエルの命が関わる相手で、尚且つそれが失脚への一つの要因になり得る人間……
──それって、私だよな
マスクの下の顔がだらしなく緩む。
自分の命より私の方が大切……そんなに私を想ってくれていたのか。
それなのに、どうしてこれまで直接その気持ちを伝えてくれなかったんだ。
ルツィエルがもう少しだけ積極的になってくれれば、コートニー侯爵の対抗措置も、随分緩和されたはずなのに。
けれどそんな慎ましいところがルツィエルの素晴らしいところだ。
(可愛いが過ぎる……いじらしいが過ぎるぞルツィエル……!)
しかしそこでふと我に返る。
──まて、ぬか喜びは厳禁だ
命より大切な方……身内に【方】なんて使わないだろうが、もしかしたらその大切な方というのはコートニー侯爵家に関わる人間の事かもしれない。
ルツィエルの存在は貴重だ。
彼女を失う事で不利益を被る人間は数多くいるだろう。
これは、ルツィエルの口から直接聞かねばなるまい。
私は意を決して振り向いた。
「……お前の『大切に想う方』というのは男か?」
「は?ええ、あの……はい、そうです」
【男】
その一言に“それが他の男だったら……”と思うと全身が総毛立つ。
もしそうなら偽物やらバラークの事など忘れて、すぐさまそいつの首を絞め上げに走ってしまうかもしれない。
ゴクリ。
私は唾を飲んだ。
「その男に惚れてるのか」
「えっ!?」
ルツィエルは何やら言いにくそうに口ごもった。
誰だ……誰なんだ。
頼むからその可愛らしい唇から他の男の名前など呼ばないでくれ。
背中に嫌な汗が流れる。
こんな汗、他人に流させた事は山ほどあれど、自分が流した事などない。
私をこんな気持ちにさせるのは君だけだ、ルツィエル。
「その方に初めてお会いしたのは五歳の時でした……あまりの美しさに妖精なのかと思って」
ゆっくりと語り始めたルツィエルの口元は、柔らかく綻んでいた。
──神よ……!!
二十八年……いや、正確には出会ってから十三年。
妖精の皮を被り続けてこれほど良かったと思った事はない。
「高貴な生まれの方なのですが、ご自身の地位に甘んじることなく、幼い頃からずっと努力を重ねていらしたと聞きます。文武両道で、剣の腕も素晴らしいのです」
本当は努力などしなくても、何でもできる子だったんだ。
けれどそう伝わった方が好感度が増すと思って、少し色々と情報操作しただけなんだ。
「感情に振り回されぬようご自身を律していらっしゃるせいで『冷徹』なんて言われているけれど、誰にでも平等で、頑張っている人にはちゃんと心を砕いて下さるんです。……本当はとても優しい方なの」
うん。たまに感情に振り回され過ぎて、父上の側近の首も絞めるし周囲に怒鳴り散らす事もあるけれど、概ねその通りだよ。
頑張っている者は好きだ。
なぜなら君を思い出すから。
「滅多にお会いできるような方ではないので、いつも遠くから眺めるだけでしたが、それでも言葉を交わす機会があると嬉しくて……せめてなにかお役に立てたならと、たくさんのことを学びました」
君は、君だけはやたらめったら私に会えるんだよルツィエル。
例え隣国の大使たちを集めた大会議だろうと、君が『会いたい』と一言言ってくれさえすれば、奴らを待たせてすぐに会いに行った。
けれど君は何も意思表示してくれないから、遠くから眺める君をずっと、遠くから眺めていたよ。
「側にいたい一心で、ずっと追いかけて……そんな願いが叶って一度は婚約を結ぶことになりました。夢を見ているようでした。だって、心から愛する方の元に嫁げるなんて、貴族に生まれた私にはありえないほどの奇跡ですもの。けれど、その方は私とは正反対の方に心変わりを──」
その言葉を聞いた瞬間、唐突に私の理性がぶっちぎれた。
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