もう、追いかけない

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 三か月ぶりに顔を合わせた父親は、黒装束に身を包み突如現れた実の息子を見ても、眉ひとつ動かさなかった。

 「おやおや、私の大事な側近に乱暴な真似はやめてくれないか」

 「私の邪魔をするからだ」

 衛兵の制止を振り切り、皇帝の執務室へ無理矢理押し入ろうとした私を止めに入ったのはマクシムだった。
 ルツィエルの件では言いたいことが山ほどあったが、そこをぐっと堪えて腹に一発食らわすだけで済ませてやった。
 本人は現在扉の前で蹲っているが、急所は外したつもりだ。
 私は、頭の中にずっとあった疑問を口にした。
 
 「知ってたのか」

 父は執務机に座ったまま答えを返した。

 「なにをだい?」

 「しらばっくれるな。が私の偽物だと知った上で放置していたのかと聞いている」

 マクシムはなにも知らなかったと言っていた。
 おそらくそれは嘘ではないだろう。
 だがこの父親がなにも気づいていなかったとは、到底思えない。
 自分が年を重ねたらこうなるのだろうなと思わせる容貌。
 年齢の割に若々しい印象の父親は、私の問いには答えず、穏やかな表情を返すだけ。
 (やっぱり、知っていたのか)

 「なぜだ?生まれる前に捨てた子が、いまさら哀れになったとでも?」

 また流されるかと思ったが、これに父は小さな笑い声を漏らした。

 「まさか。それなら最初から追い出したりはしないよ」

 「すべてを知っていたのなら、なぜ静観していた。それでもこのフェレンツ帝国の皇帝か」

 ここは普通、『それでも父親か』と聞くべきなのかもしれないが、この父親は一般のそれとはまったく違う。
 穏やかな顔をした仮面の裏で、いつも人の器を測っているような男だ。
 そして相手が自分の中で定められた基準を満たさなければ、容赦なく切り捨てる。
 例え実の息子だとしても同じだろう。
 
 「答えないならこちらもやりようがない。事実をすべて公表したのち、関わった人間はすべて粛清する」

 私の発した言葉に父は『やれやれ』とでも言うように、両方の手のひらを上に向けて、肩をすくめる仕草をした。

 「だって、お前が死んだなんてそんなこと、あってはならないだろう?」

 唯一の実子、皇后との間に生まれた正統な皇位継承者。
 それが死んだとなれば、国は揺れる。
 最悪の場合、次代の皇家の名はフェレンツでなくなる可能性も。

 「皇家を守るためなら、皇太子は偽物でも構わないということか」

 「まるっきり偽物というわけじゃない。なにしろ私の血が流れているしね。まあ、あれほどそっくりだとはさすがに思わなかったけど」

 物心ついた頃から、この父親にはなにかを教え諭されたことも、親が子に向ける当たり前の感情も、一切与えられたことはない。
 貴族の頂点に立つ皇帝だ。
 一般人とはものの考え方が違って当たり前。
 したがって親子関係もこれが普通なのだろうと、自分なりに理解してきた。
 しかしそれも、年を重ねるごとに疑問に思うことが増えた。
 物事や人をいつも秤にかけ、そこに父親自身の感情は一切介入しない。
 “薄気味悪い”
 いつの頃からか、そんな思いを抱くようになった。

 「そんな顔しないでくれよ。だって、これはいわば権力闘争でしょ?君が負けたならそれは君の力不足。それに、死んでたらどうにもできないじゃない。私は皇太子を失うわけにはいかないし、幸い今回は皇太子をすり替えるという、民の混乱も招かないやり方だったからね。だから放っておいた。あの子偽物お馬鹿さんだし、バラークなんてその気になればどうにでもできるし」

 (この野郎……)
 言っている事は理解できるが、怒りという怒りが燃え滾って止まらない。

 「君には自分で選んで育てたラデクたちがついているからね。死なない限りはなんとかするだろうとは思っていたけど……さすがだねぇ。でもこの件についてはできれば穏便に済ませてもらいたいんだけどな」

 パチパチと手を叩いて褒められてもまったく嬉しくない……どころか最後の言葉に殺意が湧いた。
 
 ──こんな目に遭わされたのに、穏便に済ませだと?

 「で、殿下!いけません」

 ラデクが止めるのも聞かず、私は父親に剣の先を向けた。

 「おやおや、私を殺すつもりかい?」

 「親を殺して帝位を奪うなんて、よくある話だろう」
 
 「なにが気に入らなかった?穏便に済ませって言ったこと?君だって父と母が揉めるところなんて、見たくないだろうに」
 
 「揉めたくなかったら最初から侍女なんかに手を出さなきゃ良かったんだ」

 これに父は愉快そうに笑う。

 「だって仕方ないじゃない。皇妃候補は内定しそうになると皇后の実家が全員殺しちゃうし。私だって健全な男だからね。妻の懐妊中、若く魅力的な女が服をはだけさせて誘ってきたら……たまには手を出しても仕方ないだろう?」

 「黙れ」

 「さすがに腹の子ごと殺されるのは見るに堪えないから、皇宮から出したんだよ。私にだって一応、情くらいあるんだから」

 「黙れと言っている」

 そんな理由で自分の愚行を正当化されてたまるか。
 それになにより、分厚い化粧と香水臭い乳牛どもに欲情するなど考えられない。
 (たとえなにがあっても、私には生涯ルツィエルひとりだ)

 「君は本当に潔癖だね。あぁ、それが悪いと言ってるわけじゃないよ。でも……コートニー侯爵令嬢ひとりに絞るのはいただけないなぁ」

 


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