もう、追いかけない

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 「どういう意味だ」

 「今回の事で君も身に沁みたんじゃない?唯一っていうのは替えがきかない。なくしたら終わりじゃないか。私にとっての君の存在と一緒だよ。だから、本当の唯一を周りに悟らせないためにも、多くの人や物に手を出して、のらりくらりと生きていく事も時には必要だと思わないか」

 確かに今回ルツィエルが命を狙われることになったのは、彼女が私の唯一だったからだ。
 しかし、だからといって彼女を守るために、第二妃や愛妾を側に置こうなどとは決して思わない。
 
 「火遊びも隠し子も、その唯一から目を逸らすためだとでも言いたいのか。あなたにとっての唯一とはなんだ」

 父はまた、微笑んだままなにも言わない。

 「……同意はできない。だが、そういう生き方を否定するつもりもない」

 フェレンツ帝国が今も変わらず盤石であるのは、間違いなく為政者としての父が優れているからだ。
 国が正しく導かれ、民が日々の幸福を享受しているのなら、この際為政者の人格がどうであれ関係ない。
 公私は別物だ。
 そもそも私を含め、こちら側支配する側の人間に、まともな奴なんてそうはいないのだから。

 「否定しないの。それはありがたいね。……心の安定を保つために、選択肢はいくつかあったほうがいい。少なくとも私はそうだった」

 そう呟いた父の表情からは、相変わらず何の感情も読み取る事はできない。
 父は、人生で一度でも狂おしいほどになにかを欲したり、私情にまみれ周りが見えなくなったりした事はないのだろうか。
 そんな思いがふと頭を過る。
 
 ──だが、今はそんな事考えている場合じゃない

 私は本題を口にした。

 「三年待ってやるから退位しろ」

 それを聞いた父は、驚いたように眉を上げた。

 「おや、そうきたか。でも生前退位なんて、このフェレンツ帝国史上前例がないよ?それに今現在、私の治世・健康状態共になんの問題もないのに、臣下たちが賛成するとでも思ってるの?」

 「そんな事は十分承知の上だ」

 皇帝が変わればそれを取り巻くすべての人間に影響が出る。
 貴族社会の縮図が変わるのだ。
 それぞれが身の保身を図るために大騒ぎとなる。
 議会が紛糾するのが今から目に見えるようだ。
 別に父には今回の責任を取れと言っているわけではない。
 罪を犯したのはバラーク侯爵及び彼に唆された者たちで、父ではない。
 けれどこれまで彼らを側に置いてきたのは父だ。
 そしてそれはミロシュという皇帝が作り上げた勢力図。
 だから私はそれを排し、新たに作り上げる。
 そのためにもすべてを引き取って辞めてもらう。

 「なんで三年なの?人に剣まで向けたんだ。今すぐ代われ、代わらなきゃ殺すっていうのが普通じゃない?」

 「それは一年目でルツィエルと結婚に持ち込んで二年目は妊娠。三年目に出産と即位が重なってハイめでたいなんて夢物語のような話は全然考えてないが偶然そうなりそうだという事だけは言っておく」

 何よりこの事件の後処理もある。
 それに、ルツィエルにも心身ともに十分な準備が必要だ。
 今すぐの即位は現実的ではない。

 「……窮地を脱して大事な部分を含め色んなところが剥けて帰ってきたみたいだね。頼もしい限りだけど、気持ち悪いよ」

 気持ち悪い男に気持ち悪いと言われるなんて、これほど腹の立つ事はない。
 同じ顔だからなおさらだ。

 「それに例え退位したとしても、私が日陰に追いやられた貴族たちを味方にして、再び君から帝位を奪うという可能性は考えないのかい?なにも王位簒奪って、息子だけの特権じゃないし」

 「その時は今度こそ殺すだけだ」

 私がルツィエルを得たのち帝位を継ぐことで、帝国は大きな転換期を迎えるだろう。
 これからの帝国に必要なのは、肩書きによって重用されてきた家門ではなく、真に国と民の事を考える“人材”だ。
 すべてを壊し、作り変えるためには、気が遠くなるほど膨大な時間がかかるのは想像に難くない。
 しかしそれを道半ばの状態で子らに背負わすなんてまっぴらだ。
 盤石な形で渡してやりたい。
 そしてできるならこの気持ち悪い父親からは遠ざけたい。
 新たな一歩を踏み出すためにもこれはちょうどいい機会だ。

 「なんか自分勝手に幸せな未来を描いてるみたいだけど、私が思うに君、もうコートニー侯爵令嬢の人生からは退場してると思うよ」

 (馬鹿なことを)
 だがなにも知らないから許してやろう。

 「心配無用、ルツィエルからは先日熱い告白を受けたばかりだ」

 「おや、コートニー侯爵令嬢に会ったのかい?じゃあ今回の事はすべてバレてるのかな」

 「いや、会ったが正体は明かしてない」

 「なに言ってるの君……」

 父から怪訝そうな目が向けられる。
 ラデクや部下たち、そして扉の前で蹲るマクシムも同様に。
 そして部屋中におかしな空気が漂い始めたのはなぜだ。
 
 「これ以上無駄な問答をする気はない。どうするんだ」

 父は大きなため息をつき、しばらく黙り込んだ。
 その様子からは、不思議なほど帝位に対する執着めいたものは感じられない。
 本当に、側にいればいるほどわけがわからなくなる。
 いったいなんのために生きているのかと。

 「三年か……いいよ。三年といわず二年でも一年でもね」

 「へ、陛下!!」

 マクシムが慌てたように声を上げるが、父はまるで意に介さない。

 「ただし条件がある」

 「なんだ」

 「今回の騒動に関わった全員の処分をすべて私に一任すること。でなければ君の要求は受け入れられない」

 

 

 
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