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しおりを挟む「説明って、なにを」
「……その、これまでのすべてをです」
先ほど陛下がエミル殿下に語った内容の中に、嘘偽りはない。
けれど、大切な事がいくつも抜けていることを知っているのは、この帝国内でも私だけだ。
「だってお前、さっきのあの子の顔見た?あれ、私のことを相当嫌ってるよ」
「それは陛下がなにも教えて差し上げないからでしょうに」
「例えば?」
──言っても大丈夫だろうか
窺うように目を向けると、陛下は不気味なほど穏やかに微笑んでいる。
私は少し逡巡し、恐る恐る口を開いた。
「例えばその……自分も妖精だったこととか」
言い終るやいなや、私の身に在りし日の悪夢が再来した。
「ぐふぅぅうっっ!!」
孫娘が選んでくれた、おろしたてのクラヴァット。
それが陛下の手によって凶器に変わる。
『じぃじ、今日も無事で帰ってきてね』と送り出してくれた、目に入れても痛くないほど愛しい孫娘。
(クラーラ、もしかしたらじぃじ……今日帰れないかも……)
遠のきそうになる意識を必死で引き戻すと、背後に物騒な雰囲気を纏った陛下が。
さっきまでの飄々とした態度はどこへやら。
エミル殿下そっくりの顔をした陛下の紫の目が、良い獲物を見つけたとばかりに妖しく光る。
「お前……なんだか最近反抗的だね。あの子の味方なんかしちゃってさ」
「そ、そういうわけじゃ……ぐふぅぅっ!」
掴んだクラヴァットを容赦なく絞め上げられ、涙で視界が滲む。
(やることなすことなんてそっくりな親子なんだ……!)
エミル殿下が父親を毛嫌いしているのは、同族嫌悪のようなものだと私は思う。
なぜなら、この人もまた、妖精だったから。
このフェレンツ帝国には妖精と呼ばれた男はもうひとりいた。
それが若かりし頃のミロシュ陛下だ。
エミル殿下がコートニー侯爵令嬢から『妖精さん』と呼ばれ、すっかり心を鷲掴みにされてしまった事を聞かされた日、最も驚いていたのは陛下だろう。
陛下の身に起こった奇跡が、まさか彼の唯一の人との間に生まれた最愛の息子にも起きるなんて。
*
私は、たまたまその奇跡のような瞬間に出くわした。
それは年に一度、皇宮で開かれる園遊会の日。
貴族を始め、各分野の著名人が交流を深めるために招待され、朝から宮内は慌ただしかった。
面倒な事が大嫌いな当時の皇太子ミロシュ殿下は、もちろん園遊会に顔を出すつもりなどまったくなく、この日も自宮の庭に身を隠し、昼寝をしていた。
『園遊会に顔を出さなくていいんですか?』
恐る恐る声をかけると、予想通りの答えが返ってきた。
『うるさいな……行きたきゃお前ひとりで行け』
私がひとりで出席したところで、『なぜ皇太子を連れてこなかった』と、両陛下につかまって説教を受けるのが関の山。
側にいると鬱陶しがられるので、私は少し離れた場所から殿下を見守っていた。
しばらくすると、草を踏み分ける小さな音が聞こえてきた。
(誰だ……?)
慌てて剣の柄に手をかけたが、目に入ってきた侵入者の姿を見て拍子抜けした。
それは、可愛らしく着飾った幼い女の子。
身なりからして、おそらく園遊会に招かれた貴族の子どもだろう。
ここは、一般には立ち入ることが許されない皇族の私的空間だが、もしかしたらこの小さな身体は衛兵たちの目に留まらなかったのかもしれない。
少女は寝転がる殿下に近付き、その顔を見た瞬間、驚いたように両手を口にあてた。
『まあ……わたし、ようせいさんにあうのははじめてだわ』
おそらく生まれた瞬間から憎たらしかったであろう悪魔のような根性悪の乳兄弟が、その少女の一言で固まったのを見た。
『こわがらないで、わたし、だれにもいったりしないから』
こっそり地上に降り立った妖精が、人間に見られてしまって慌てているように見えたのか、少女は宥めるような声をかけた。
『ここはあなたのおきにいりのばしょなの?』
いつもの殿下ならすぐさま『ふざけるな、出ていけ』と辛辣な言葉が返ってくるはずなのだが、このあと私は、信じられない光景を目にすることになる。
『よく私を見つけられたね』
この世に生を受けて早十四年。
病める時も健やかなる時も、いつでも性悪だった同い年の殿下の口から、未だかつて一度も聞いたことのない、慈しむような声が響く。
『君の名前は?』
『ゆすてぃーなよ。あなたのおなまえは?』
いつもの殿下なら『お前に教える名前などない』とか言ってさっさと追い払うのだが、この時だけは違った。
『ミロシュだ』
『まあ!ようせいさん、とってもすてきなおなまえね』
瞳を輝かせる少女に優しく微笑む殿下。
これは夢だ。そうに違いない。
煩わしいことが大嫌いな殿下が、妖精さんになりきっている。
『ユスティーナ。ここはね、誰も入ってはいけない場所なんだ。見つかったら君はとても叱られてしまう。だから早く元の場所に戻りなさい』
『でも……どうやってかえったらいいのかわからないの……』
どうやら本格的に迷子のようだ。
自分の置かれた状況を思い出したのか、今にも泣きそうな顔になった少女を殿下は抱き上げた。
『よし、君を元いた場所に帰してあげるよ』
そう言って、殿下は歩き出したのだった。
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