55 / 71
55
しおりを挟む困ったように笑うエミル殿下は、やはり妖精のように美しい。
聞き間違いでなければ、今、殿下は私たちが想い合っていると言った。
(それって……エミル殿下も私のことを想っていてくれたってこと……?)
そんな都合のいい夢みたいなことが、本当にあるのだろうか。
(でも、聞いてみたい)
私たちの婚約は、どういった経緯で決まったのだろう。
これまでずっと、私が選ばれたのはひとえにコートニー侯爵家の功績ゆえだと思っていた。
審査にはもちろん私自身の努力も加味されてはいただろうが、私自身の卑屈さが、それを素直に信じさせてくれなかった。
けれどさっき黒装束の男として殿下が放った言葉は、万が一真実であるなら、私の思い込みをあっという間に覆すほどの威力を持っている。
“お前が成長するのを根気強く待っていたのだとは思わないのか”
あれがもし殿下の本心なのだとしたら──
「ルツィエル、私は──」
「待ってください、エミル殿下」
失礼なことは重々承知の上で、エミル殿下の言葉を遮った。
自分の口でちゃんと聞きたかったのだ。
そして、答えを貰いたい。
──殿下はなにも悪くない。
悪いのは、一番知りたかったことから目を逸らし続けてきた私だ。
素直に打ち明けたら、殿下はその心をすべて見せてくれるだろうか。
嘘偽りのない、本心を。
けれどそのためには私も、この心の中をすべてを見せる必要がある。
(怖いけれど、殿下を信じよう)
たとえそれで傷つくことになったとしても、きっと後悔はしない。
それに、どのみち私の想いはさっき口にしてしまったから今さらだ。
私は、ありったけの勇気を振り絞り、エミル殿下の顔を見つめた。
「初めてお会いしたあの日から、私の心の中にはずっとエミル殿下がいました。……もうとっくにご存じだと思いますが」
「ああ、知っていたよ」
「エミル殿下の側にいたくて、必死で努力を重ねてきました。だから、婚約が内定したときは嬉しくて嬉しくてたまりませんでした」
声が震える。
好きな人に気持ちを打ち明けるのが、こんなにも緊張することだなんて知らなかった。
この想いは私を勇敢にも臆病にもする。
恋とは本当に不思議だ。
黒装束の男に言うのとでは全然違う。
すると大きな手が再び優しく頭を撫でた。
まるで『頑張れ』とでも言うように。
「側にいられるならどんなことでも耐えられる。その気持ちは今でも変わりません。けれど、ただ側にいるだけでは嫌なのです。政略的な意味合いだけで殿下の寵を受けるのではなく、私は……」
「……私は、なに?」
「私は、エミル殿下に愛されたい……女として、心も身体も……本当の意味で殿下だけのたった一人の存在になりたいのです」
最後は尻すぼみになってしまったが、きっと聞こえているだろう。
私は俯き、判決を待つ囚人のような気持ちでエミル殿下の答えを待った。
「それならなにも心配いらない。私にとってこの世で女性はルツィエル、君ただひとりだ」
「本当に……?」
「私が他の女性に目を向けたのを見聞きしたことでも?」
「いいえ、ありません」
でも、私は殿下と十も年が離れている。
今でこそ大人になり、女性として見てもらえているのだろうが、これまでは……
「私も不思議なんだ。なぜ十歳も離れた君だったのか。けれど君が私の人生において、特別な存在になるであろうことは、出会った瞬間にすぐわかったよ」
殿下は私の身体を抱き直し、夜風から守るように黒装束の中に包み込んだ。
「私と目が合うたびに恥ずかしそうに目を伏せて……そんな君がいじらしくてたまらなかった。でも急いではいけないと思ったんだ。君を幸せにするためには、君の周りにもこの結婚に納得してもらわなければならないからね」
「私の周り……どなたか、反対する方でも?」
私の周囲でなにか問題でもあったのだろうか。
エミル殿下は苦笑する。
「誰かはすぐにわかるよ。おそらく近日中にね」
「?」
首を傾げる私の頬をエミル殿下の手のひらが優しく包んだ。
「最初は家族のように……けれど今は男として、この身を焦がすほどに君を、君だけを想っている。だから憂うことなどなにもない。私の妃になってくれ、ルツィエル」
「エミル殿下……!!」
紫水晶の瞳には、私しか映っていない。
それはきっと、これから先も同じはず。
殿下の顔から笑みが消え、顎に手が添えられた。
ゆっくりと近づく美しい顔に、私はそっと目を閉じた。
155
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
愛してしまって、ごめんなさい
oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」
初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。
けれど私は赦されない人間です。
最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。
※全9話。
毎朝7時に更新致します。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる