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しおりを挟む「あなたは、記憶を失う前の私にもそういう態度でいらっしゃったの?」
「だとしたら?」
「きっと私は……苦しい思いをしていたのでしょうね」
実際そうだった。
ありもしないことで責められ、話も聞いてもらえなかった。
今回シャロンが昏睡状態に陥ったことで反省し、態度を改めたかと思ったのもつかの間、たった数日で元通りだ。
この調子だと、シャロンに記憶があることが知られれば、再びあらぬ疑いをかけられ、詰られるかもしれない。
「信じてくださらなくて結構です」
言い終わると同時に踵を返したシャロンの腕を、再び大きな手が掴んだ。
「送ると言っている」
「今はご一緒したくありません」
掴まれた腕を振り払おうとするシャロンと、絶対に離そうとはしないセシル。
膠着状態に陥るかと思われた瞬間、思いもよらぬ人物が二人の間に割って入った。
「セシル様!!」
聞き覚えのある声に、思わずヒュッと喉が鳴る。
まさか再び顔を合わせることになるなんて。
声の主──アイリーンは脇目も振らずこちらへ向かって走ってきた。
セシルは青ざめるシャロンを背に隠した。
「セシル様!どうか私の話をお聞きください!」
「そなたには謹慎を命じたはずだ」
「わかっております。ですが、私たちの間には大きな誤解があるのです。それについてどうか説明させてください!」
一瞬、自分の耳を疑った。
まさかシャロンを──一国の王女を殺そうとした人間を、ただの謹慎だけで済ませていたなんて。
そして、謹慎のはずのアイリーンはなぜここにいるのだ。
城内を自由に闊歩できるなんてあり得ない。
これでは謹慎なんて名ばかりで、処罰は無きに等しい。
自分の命は、存在は、そんなに軽いものなのか。
セシルはシャロンの様子を確認すると、離れた所で様子をうかがっていたアレンを呼んだ。
「令嬢をヘイルズ公爵邸まで送り届けろ」
アレンが連行しようとすると、アイリーンは激しく抵抗した。
「あれは事故だったのですわ!シャロン様がどうしてもバルコニーから海を見たいと身を乗り出して……私はお止めしたのです!」
「侍女から当時の状況は聞いている」
「ですから何度もお話した通り、その侍女が嘘をついているのですわ!セシル殿下は公爵家の娘である私よりも、一介の侍女の言葉を信じるのですか!?」
身分が上の者こそ正義。
実に傲慢な言い分だ。
なるほど、あの場にセシル側の目撃者はエイミーひとり。
対するアイリーン側は本人と兵士二人。
シャロンも当事者並びに目撃者ではあるが、記憶を失っているために証言ができない。
アイリーンはこの状況をうまく使って言い逃れしようという魂胆なのだろう。
セシルはどうするつもりなのか。
けれど見る限り、アイリーンを強く罰するつもりはなさそうだ。
(馬鹿らしい……)
「あら、もしかしてそちらにいらっしゃるのはシャロン様?」
シャロンに気づいたアイリーンが、さっきとは打って変わって弾んだ声を上げた。
「もう外を歩けるくらい回復されたのね。良かったわ!」
シャロンを殺そうとした時とはまるで別人だ。
その時ふと、ある興味が湧いた。
もしもシャロンに記憶があると知ったなら、その分厚い面の皮はどんな風に変わるのだろう。
そしてアイリーンの罪を知りながら、それをひた隠してきたセシルはいったいどんな言い訳をするのか。
(もう、なにもかもどうでもいいわ)
「……痛っ」
シャロンは頭を押さえ、しゃがみ込む。
「どうした!?」
セシルが慌てて駆け寄り、シャロンの身体を支えた。
「あの方……」
「ん?」
「あの方が私に……飛び降りろと……」
「シャロン、今なんと言った」
シャロンはゆっくりと腕を上げ、アイリーンを指差した。
「侍女を殺されたくなければ、私に飛び降りろと言いました」
シャロンの身体を支えていたセシルの腕を通して、彼の動揺が伝わってきた。
「ち、違います!シャロン様は事故のショックで記憶違いをされているのです!」
「いいえ、今確かに思い出しました。それに、私の侍女も同じ光景を見ているはず」
「そ、それは……」
「でも、おかしいですね。一国の王女を殺そうとしたあなたが、なぜそのようなドレスを着て城内を自由に闊歩しているのでしょう」
シャロンはおもむろにセシルの方へと顔を向けた。
「ああ、そうか……そうでしたね」
「なんだ」
「お二人は恋人同士なんですものね。それは処罰するわけにはいきませんよね」
「いったいなにを言っている」
「あら、隠さなくてもよろしいではありませんか。ねえ、アイリーン様」
アイリーンはびくりと肩を震わせた。
「親切に教えてくださいましたものね。あなたとセシル殿下は恋人同士で、私は周囲から“売女”だと思われてるって」
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