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しおりを挟むシャロンの問いに、アレンは居心地悪そうに視線を彷徨わせた。
「俺……いえ、私はその場にいなかったのでなんとも。申し訳ありません」
アレンの態度に既視感を覚えるシャロン。
だが、その正体はすぐにわかった。
(セシル殿下と同じだわ)
猫を被っていたセシルが、本心を明かした瞬間『私』から『俺』に変わった。
どうやら一部のエドナの男は、嘘をついたり後ろめたい気持ちがある時に、一人称が『私』に変化するようだ。
きっと、アレンはすべてを知っている。
シャロンは確信した。
「身なりからして、それなりの地位にあるご令嬢だと思うのですが……本当に心当たりはありませんか」
シャロンから顔を背け続けるアレンを覗き込むようにして、もう一度問いただす。
「いえ、あの、その」
もう一息、そう思った瞬間──
「何をしている」
背後から聞こえた声に、シャロンの身体が強張る。
シャロンの背後に視線を移したアレンが、救いの神が来たとばかりに表情を弛緩させた。
恐る恐る振り返ると、そこには試合を終えたばかりのセシルの姿が。
青灰色の瞳は、苛立ちを孕んでいた。
「なぜここに来た」
「シャロン様を庭園にお連れしたついでに、俺が誘ったんだよ」
「なるほど。それですぐ誘いに乗って、こんなところまでついて来たというわけか」
棘のある言い方だった。
まるで尻軽だと詰られているような気持ちになる。
「おい、シャロン様に突っかかるのはやめろよ。お前の勇姿を見せてやりたくて、俺が強引に連れてきたんだから」
「どうかな。強引に連れてこられたにしては、随分と楽しそうだったが」
セシルのこの言い草に、シャロンも苛立ちを抑えることが出来なかった。
けれど、言い返したところで何になる。
セシルにとって重要なのはシャロンの気持ちではなく、いかに自分の主張に正当性があるのかを相手に認めさせる事。
そしてそうする事で溜飲を下げ、満足するのだ。
だから、何を言ったところで意味がない。
気づけばいつの間にか周囲には人だかりができていて、皆がシャロンに好奇の目を向けていた。
若い男、しかもこんなに大勢と間近に接した事のないシャロンは、無遠慮に見つめてくる視線を恐ろしく感じた。
「おいお前ら!拝観料取るぞ!」
『戻れ!』とアレンが手で払うと、兵士たちはぶつぶつと文句をたれながら、蜘蛛の子を散らすように帰って行く。
「ったく、あいつら……すみませんね。何せ男所帯なもので……って、シャロン様!?」
シャロンは何も言わず、踵を返した。
(こんなところまでついてこなければよかった)
久しぶりの外出、初めて見る庭園の景色に浮かれていた自分が嫌になる。
部屋の外に出ようが結局自分は籠の鳥のまま。
すべてはセシルの気分次第なのだ。
「待て」
不意に手首をつかまれ、後ろに仰け反ったシャロンを大きな手が支えた。
「部屋まで送る」
「アレン様がいらっしゃるので大丈夫です。訓練のお邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした」
セシルの眉間に僅かに皺が寄った。
シャロンが手を振りほどこうとすると、更に強い力で握り込まれた。
「『アレン様』ね……ふうん」
(何なの)
セシルの厭味ったらしい態度に、一度は引っ込んだ苛立ちが、再び湧き上がってきた。
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