盲目公爵の過保護な溺愛

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 庭園の隅、生け垣の裏にひっそりと建つ四阿は、先代伯爵──つまりわたしのおじいさまが仕事に疲れた時の逃走先だったそうだ。
 先代が亡くなられてからは使われることもなくなったが、手入れだけはしっかりとされていた。

 「ここなら誰にも見つかることはありません。会場に戻られる際は、屋敷の方角に向かって石畳を歩けば、大広間に隣接するテラス席にたどりつきます」

 「……礼を言う。君はこの家の人間か?」

 「わたしは──」

 咄嗟に、喉から出る寸前だった言葉を呑み込んだ。
 少しぶっきらぼうではあるけれど、この人が対等に話してくれるのは、わたしが誰か知らないからだ。
 わたしがアシュトン伯爵家の出来損ない──妹の誕生日パーティーだというのに、家族の輪に入れてもらえない哀れな姉だと知ったら、きっとこの人も他の人と同じように態度を変えるはず。
 それならいっそ、名乗らずに終わらせたほうがずっといい。

 「あの、すみません。失礼いたします……!」

 それだけ伝えると、わたしはその場から足早に立ち去った。


 *


 大広間に戻ると、パーティーはもう終盤に差し掛かっていた。
 父はエミリアへの求婚者と思しき数名の男性に囲まれて、おべっかに気を良くしながら次々とワインの注がれたグラスを飲み干していた。
 相当飲んだのだろう。顔が真っ赤だ。
 母は少し離れた所でご婦人方と会話を楽しんでいる。
 そしてエミリアは──会場の隅にいるわたしを見つけ、いかにも不服そうに顔をしかめた。

 「お姉さま、ちょっとこちらにいらして」

 「どこに行くの?」

 「いいから、早く来なさいよ!」

 強引に腕を引かれ、連れて行かれたのはテラスだった。
 日が落ちて、気温もだいぶ下がっている。
 エミリアは物を投げつけるような勢いで、掴んでいたわたしの腕を放った。

 「今までどこに行ってたのよ!」

 「だって、わたしが来た時にはお父さまの挨拶が始まっていて──」

 「うるさいわね。お姉さまのくせに、口答えなんて生意気よ!」

 エミリアの手が振り上げられ、左頬に衝撃が走る。
 経験したことのない焼け付くような痛みと、目の前にチカチカと火花が散る。
 頬を打たれたのだと理解するまでに、少しの時間を要した。

 「誰にも愛されないみすぼらしくて惨めなお姉さまは、そのみっともない姿を皆さまに晒して、もっとわたしの価値を上げてくれなきゃ困るのよ!」

 吐き捨てるように言うエミリアの瞳には、嘲りの色が浮かんでいた。
 
 「いい?この家の繁栄と存続は、このわたしにかかってるんだから、お姉さまはわたしの役に立つことだけ考えてちょうだい。脳なしのお姉さまにはそれくらいしかできないんだから」

 くすくすと愛らしく笑うエミリアは悪魔のようだ。
 けれどひとたびエミリアに微笑みかけられると、世の男性は皆ころりと騙されてしまうのだ。
 
 「今さら来られても迷惑なだけだから、お姉さまはもう部屋に帰っていいわよ」

 エミリアはひらりとドレスの裾をひるがえし、軽やかな足取りで会場へと戻って行った。
 あまりに理不尽な言い分に頭が真っ白になってしまったわたしは、去って行くエミリアの後ろ姿を眺めていることしかできなかった。
 じんじんと熱を持って痛む頬に、夜風で冷えた手を当てた。

 ──家族だと思っていたのはわたしだけだった

 エミリアにとってわたしは姉ではなく、自分の価値を高めるための道具に過ぎなかったのだ。
 そしてそれはおそらく両親も同じ。
 鼻の奥がつんと痛み、これまで溜め込んで来たものが堰を切って溢れそうになったが、下腹に力を込めて空を見上げ、必死でこらえた。
 泣いたらエミリアを喜ばせるだけだと思ったから。




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