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 剣を扱う者特有の、角質の厚いゴツゴツとした手のひら。
 話には聞いていましたが、実際に見て触るのは初めての事です。

 ──この手が……サルウィンに暮らす私たちの命と平和を守ってくれているのですね
 
 そう思うと何とも表現し難い気持ちになり、私は精一杯感謝の気持ちを込めて、包み込むように上からも手を重ね、目を閉じました。

 そしてそこから精神の奥へと入り込みます。
 暗闇の底は、ゆらゆらとした水面のように頼りなく、そこに立つのはとても不思議な感覚です。
 こればかりは何度経験しても慣れません。
 
 ──ああ、開けたわ……

 目の前の暗闇が、まるで海が割れるかのように真ん中から開けていき、そこから眩い光が放たれます。
 これが、未来が見える前の合図です。
 どうやら先見の力は、今回の件を視る事がこの国にとって必要な事だと判断したようです。
 私はほんの些細な情報も見逃すことのないよう、意識を集中させました。 

 『いやっ、いやぁ!……こんなこと……こんなこともういけません……っ!』
   
 ──え?

 突如脳内に響いてきた声。
 しかも何だかやけに聞き覚えのある声です。
 まだ映像は見えてこず、私は自分の表情が険しくなるのを感じながらも、再び集中しようと努めました。
 すると再びあの声が聞こえてきます。
 耳を澄ます必要もないくらい大きな叫び声……いえ、悲鳴といってもいいくらいのこれは、どうやら私のもののようです。

 『許して……もう許して、ハロルド様ぁ!!』

 こんな大きな声、人生で一度も発した事はありません。
 しかも何度も『許して』と命乞いのような言葉まで。という事は、これはまさに私にとって生命を揺るがす一大事なのでしょう。
 しかしおかしいです。
 私と思しき声は確かに『ハロルド様』と呼んでいました。
 では私が命乞いをしている相手はこのクリューガー卿でしょうか。けれど私が彼を『ハロルド様』などと親しみを込めてお呼びした事は一度もありませんし、それに救国の騎士になるはずの彼になぜ命乞いをする必要が?

 ──まさか、裏切り……?

 ふと、不穏な考えが頭をよぎりました。
 有り得ない話ではないからです。
 大陸の歴史を見ても、主君を裏切り敵国にくみした武将は少なくありません。
 しかしクリューガー卿の忠義の厚さは、私も長年側で見てきました。
 彼に限って裏切りなど有り得ない。
 そう思えるほどに、この国のために尽くしてくれている人です。
 きっと、何か事情があるに違いありません。

 しかし次に聞こえてきた言葉と、急激に開けた視界に、私は頭の中が真っ白に染まりました。
 
 『あぁ、アンネリーエ……“許して”なんてどうしてそんな事を言うの?ほら、聞こえるでしょう……あなたと私の愛が混じり合う音が』

 水気の多い、けれど粘着質な音が響く中、見えてきたのはなんと、寝台の上で睦み合う男女の姿。
 一糸まとわぬ姿で絡み合う男女の正体は、私とクリューガー卿だったのです!

 「いやぁぁぁあっっ!!」

 あまりの驚きに、咄嗟にクリューガー卿の手を放してしまいました。
 しかも乱暴に、振り払うようにして。
 周囲で見守っていた人々は、いったい何事かと息を呑み、父に至っては娘の絶叫に驚き玉座の上で仰け反っています。

 「アンネリーエ殿下!?いったいどうされました!」

 慌てた様子のクリューガー卿が私の顔を覗き込みます。

 「ちちち、近付かないでぇぇっ!!」

 思わず高速で後ずさってしまいました。

 ──な、何なのですかあの映像は!?

 私とクリューガー卿が……男女の営みを?
 いったい、なにがどうなったらそういう事態になるというのです。
 しかしここで狼狽えては、周りの皆さまを動揺させるだけ。
 私は鼻から深く息を吸い、気持ちを強く持つよう努めます。

 「申し訳ありませんでした。あの、クリューガー卿?もう一度お手に触れてもよろしいでしょうか……」
 
 クリューガー卿の瞳は心配そうに揺れています。
 ですが、有り難くも私を心配してくださるあなたこそが、目下一番の恐怖の種なのです。
 私は若干震える手で、もう一度クリューガー卿の手を取りました。
 すると、彼は先ほど私がしたように、包み込むように手を重ねてきました。
 王女に対する振る舞いとしては正しくない気もしましたが、きっとこれは彼なりに私を気遣っての事なのでしょう。
 そして私は再び瞳を閉じ、意識を集中させたのです。
 
 




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