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 「えぇっ!?」

 私が実験体?今、確かにそう言いましたよね?

 「で、ですがそれでは見ることができません!!」

 いえ、そもそも見たくはないのですが、実験体という恐ろしい役目から逃れようと、私の生存本能が全力で働き始めたようです。
 しかしクリューガー卿は、慌てふためく私の手のひらに口付けながら、艶のある表情で語りかけます。

 「殿下、“百聞は一見にしかず”ですよ。見るよりも実際に体験していただいたらよくわかると思います」

 「な、何がですか……?」

 「私が、どれだけ殿下を愛し、大切に想っているのかをです。殿下、私との口づけはお嫌でしたか?」

 クリューガー卿は私との間を詰めました。
 屈むように顔を近付けて囁くので、低い声が耳朶に響き、身体にむず痒いような感覚が走ります。
 口付けがどうこうというより、あまりに突然で衝撃的すぎて、何も考えられませんでした。
 ですが──

 「嫌だとか……嫌悪感は感じませんでした」

 クリューガー卿のお口は、その逞しい身体からは想像できないくらい滑らかで柔らかくて、それに変な臭いもしませんでした。

 「良かった……不快な思いをされたりはしていないのですね」

 クリューガー卿はホッとしたように小さく息を吐きました。
 
 「殿下……」

 宵闇色の瞳が、至近距離で私を見つめます。

 ──これは、いけない

 頭の中ではわかっていながらも、その美しい瞳から目を逸らすことができませんでした。
 彼の唇が遠慮がちに触れては離れ、それを何度か繰り返すとクリューガー卿は私の瞳を覗き込みます。
 まるで、この先へ進むことへの許しを待っているかのようです。
 焦がれるような顔が可愛いく見えるのは何故でしょう。
 あれほど怖くて逃げたくてたまらなかったのに。
 
 「お約束します。殿下を穢すような真似は決していたしません。ですからどうか、先見の力で視た私ではなく、あなたの目の前にいる生身の私を見て、知ってはいただけませんか」

 彼は祈るような目で私の手を握り、返事を待っています。

 ──どうしたらいいの……?

 ここでクリューガー卿を遠ざけたところで、明朝彼がリヴェニアに発つというのなら、あの未来はいずれ必ずやってきます。
 それならば、怖い思いをするのはできるだけ先延ばしにしたいのが人間というもの。
 ですが、本当にそれでいいのでしょうか。
 少なくとも彼は、私の心を……そして身体を大切にしたいと思ってくれているようです。

 これまですべてを先見の力で決めてきた私には、大切な物事を自分の意思で決断する機会があまりなかったように思います。
 ですがこれは他の誰でもない、私にしか決められない事。
 私が決めなければならない事です。

 「……私が嫌だと言ったら、止めてくださいますか……?」

 私の言葉にクリューガー卿の顔がほころびました。

 「もちろんです……!!」

 


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