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しおりを挟むクリューガー卿は暴れ続ける私を素早く上掛けで簀巻きにし、自身の膝の上にのせて抱き締めました。
まったく身動きがとれません。悔しいほどに見事なお手並です。
こうなったら持久戦です。
朝が来れば彼はリヴェニアへ発つので、その時が来れば解放されるはず。
──朝まであと何時間あるのかしら……
私は覚悟を決めて黙り込みました。
すると、頭上から気まずそうな声が聞こえてきます。
「ベラは……彼女は」
『愛してる』と言った女の前で、他の女性を呼び捨てにするのは気まずいのか、わざわざ“彼女”と言い直すあたり。
私は“何を今さら”と心の中で毒づいてしまいました。
「聞きたくありません」
ふたりの仲など知りたくもない。
知らない方が幸せな物事は、世の中に山ほどあります。これもそのひとつ。
しかしクリューガー卿はどうしても聞いて欲しいのだと言います。
「彼女は王都にある……その……娼館に勤める女性で……知り合ったのはもう五年ほど前の事になります」
五年。
想像していたよりもずっと長い年月。
なぜか心が抉られるような気持ちでした。
──何で、こんなにも胸が痛むの……
彼の事が怖くてたまらなくて、ずっと逃げ回っていたのに。
「私たちはひとたび戦場に出れば、生きて帰れる保証なんてどこにもありません。昨日まで笑いながら寝食を共にしてきた仲間の屍を目に映し、恐怖と狂気に支配されそうになりながらも必死で己を保ち、ひたすらに目の前の敵を倒すしかないのです。帰還直後は故郷に帰れた喜びで笑顔に満ち溢れていますが、若い奴らはその後が地獄です」
「地獄……?」
「ええ。夜毎仲間が無惨に殺される様を夢に見るようになるのです。中には精神を壊す者も……そんな時、彼女たちの存在は大きな慰めになる。だからそういう逃げ道を教えてやるために、帰還直後、若い奴らを連れて上官が酒場や娼館に行くのは昔から恒例で……私もそうやって彼女と知り合ったのです」
大勢の仲間が目の前で命を奪われる夢に魘される夜、優しい言葉と温かく柔らかな肌がどれほどの慰めになるか。
戦場も、閨事も経験したことのない私ですが、つらい時に人肌が与えてくれる安心感は理解できます。
クリューガー卿は、そんな夜をいったいどれくらい乗り越えてきたのでしょう。
──数えきれないほどの戦場を乗り越えてきた彼の苦しみを、ベラさんが支えてくれたということなのですね……
なら、ふたりの間には誰も入り込めない絆のようなものが……いいえ、愛情のようなものがあるのではないでしょうか。
「殿下、先見の力で彼女の姿を視たとおっしゃいましたが、髪の色はご覧になりましたか……?」
「髪の色……?部屋が薄暗くてよくわかりませんでしたが、恐らく金色だったような……」
私の答えに、クリューガー卿はどこか寂しそうに微笑みます。
「彼女の髪の色は珍しいローズブロンドなんです。殿下、あなたと同じ薔薇色の。……安心を得たいなら優しい性根の女性を、ただ欲を晴らすためだけなら相性が合えば誰でもいい。それでも私が彼女を長い間指名し続けたのは、ひとえに叶うことがないだろうと思っていたこの恋心のせいです。あなたに似た女性を抱く事で、満足しようとしていたんです……」
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