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しおりを挟む「恋とはそんな、複数の人に同時にできるものなのですか!?あ──」
混乱していた私は、思わず余計な事を口走ってしまいました。
ですが気付いた時には既に遅く、エリアス王子は眉間に皺を寄せ、疑うような視線を私に向けています。
「複数とはどういう……アンネリーエ、愛する人はいないと言っていたじゃありませんか。あれは嘘だったのですか?もしかして……私を弄んだのですか?」
「弄んだなんて、違います!愛する人はおりません。ですが……エリアス殿下と同じ事を私に言った方がいるのです。だから私はその人に恋をしているのだと……」
「誰ですか」
「え?」
「誰があなたにそんな事を?」
名前を出せばハロルドに迷惑がかかる。
口を噤む私をエリアス王子は黙ったまま見つめています。
そのまましばらくの間、気まずい時間が流れました。
「……アンネリーエ、あなたにそれを言ったのが誰かはもう聞きません」
問い詰めるような視線から解放され、ほっとしたのも束の間。
「ですが、あなたには大切な事を知る必要がある」
「大切な事、とは……?」
「あなたの本当の気持ちです」
──私の本当の気持ち……?
「今日あなたが私と姉君に対して感じた気持ちの正体は“嫉妬”です。あなたの反応が知りたくて、わざと姉君にばかり話しかけて見せました。いいやり方だとは思いませんが、私には時間がないので」
嫉妬?
あのもやもやの正体は嫉妬だと言うのですか。けれどなぜ?
「誰だって愛する者の特別でありたいものです。その他大勢と同じだなんて嫌でしょう?私と姉君の姿に嫌な感情を覚えたという事こそが、あなたが私に恋をし始めたという何よりの証拠です」
ですがハロルドは、感情に振り回され、自分が自分ではなくなるその状態こそが恋なのだと教えてくれました。
ハロルドに感じた気持ちと、エリアス王子に感じた気持ちはまるで違うものです。
「混乱しているようですね、アンネリーエ。では、私が教えて差し上げます……」
彼の美しい指が私の肩にかかる髪を梳き、背中へと流したと思ったら、不意打ちのように口づけられました。
ハロルドのそれとはまったく違う、羽が触れるような口づけ。
「戯れはお止めください!」
無理強いをしない彼から唇を放すのはとても簡単でした。
ですが不思議な事に、彼は距離を取る私を追うこともしません。
同じ言葉を口にしつつも、その行動は私を逃すまいと腕の中に閉じ込めたあの日のハロルドと真逆です。
「戯れなんて酷いな……万が一この事が露見すれば私は罪に問われるかもしれない。命懸けの想いですよ。それに、アンネリーエは戯れでこんな事ができるのですか?」
「できません!ですが……その、殿方はその気が無くても身体だけの関係を持つ事ができると聞きます」
これもハロルドから学んだ事。
自分で口にしておいて胸が苦しくなります。
ですがエリアス王子の次の言葉は、締め付けられるような苦しみを吹き飛ばす衝撃がありました。
「そんな訳ないでしょう」
「え……?」
──そんな訳ない?
「確かに世の中には身体の繋がりだけを目的として女性を口説く男は山ほどいます。それは否定しません。ですが私は違います」
それこそ「そんな訳ない」と、思わず口にしてしまいそうになりました。
だってエリアス王子だってハロルドと同じ男の人で、人間です。ならば何事にも絶対などという事は有り得ないはず。
「アンネリーエ、あなたは男女がどのように愛を営むか知っているのですか?」
「私を馬鹿にしてらっしゃるのですか」
そういった教育はとっくに済ませましたし、なによりハロルドを通して何度も、そして何パターンも視ました。
知識とは、長い人生の中で何よりの助けとなってくれる大切なものですが、それでも絶対に知らなくていいと思えるアレを何度もです。
大きな声では決して言えませんが、愛の営みに関する知識であれば、この国の嫁入り前のご令嬢の中では私が一番ではないでしょうか。
「いいや、あなたは知らない。焦がれ合った相手と結ばれる事の幸福さを」
確かに私とハロルドは……というより私は、焦がれるほどの想いは知りません。
ですがそれはこれから、他の誰でもないハロルドの腕の中で知るはずなのです。
私たちはただ始まり方がおかしかっただけです。
「まるで雛の刷り込みだ……素直で純粋なあなたに、自分に都合のいい事ばかり吹き込んだその男が憎いですよ」
エリアス王子は瞳を潤ませ、切なげな視線を寄越すとおもむろに手を差し出しました。
「この手は何ですか?」
「……視てください」
「視る?いったい何をです?」
「あなたが私を選んでくれた場合の未来です。最初からこうすれば良かったですね」
私がエリアス王子を選んだ時の未来を視る?
しかしそれは既にハロルドを通して視ています。
けれどもし、エリアス王子を通して視たのなら、あの未来とは違う何かが視えるのでしょうか。
──それに、なぜハロルドが彼を手にかけたのかがわかるかも
「……個人の未来は……必ずしも視れるとは限りません」
しかし彼は悲しそうな顔で微笑みます。
「ですが、このまま終わるよりよっぽどいい。何もせず終わるよりは」
私は心のどこかで迷いながらも、彼の差し出した手を取ったのです。
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