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8章
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しおりを挟む「…お飲みにならないのですか?」
自分で淹れた紅茶に手をつけないマリーを不思議に思ったのかマリアが聞いてきた。
「ええ…。ユーリがお腹の子に障るからあまり飲んじゃいけないって…ですから少しずついただきますね。」
マリーの口からユリシスの名前が出るたびにマリアは苦々しい表情になる。
(態度がわかりやすいのはやっぱり私を下に見ているからよね…きっと私相手に気を遣う必要なんてないと思っているのだわ。)
マリーはほんの少し紅茶を啜り、息を吐いた。
「あと二日ほどでガーランドからの救援物資が届くというのは聞かれましたか?」
「ええ…殿下もお帰りになられると。」
(私もなんだけど)
切なそうにうつむくマリアにもはや苦笑いするしかないマリーは言葉を続けた。
「帰国と同時に婚約する事になっていて…子供が生まれるまでに大急ぎで挙式をしなければならないので、色々と疎かになってしまう面があるかと思いますが、ダレンシアで何か困った事があれば遠慮せずすぐ仰って下さいね。」
忙しいユリシスにダレンシアの声が届かない事もあるかもしれない。いつでも窓口になるとマリーは言ったつもりなのだがマリアはそれを鼻で笑った。
「まぁ…何だかマリエル様が何もかもお決めになられるかのようですね。決めるのはユリシス殿下でしょう?」
しかしその嫌味な言い方にマリーは負けじと薄く微笑み返した。
「なっ、何を笑っているのよ!だってあなたは政治に関係ないでしょう?」
「もちろんすべての決定権は国王陛下にあります。しかし時に玉座まで届かない小さな声を拾い上げ、弱きに目を配るのは王妃の仕事でもあります。この度リンシア王女が我が祖国ガーランドのレーブン公爵家に嫁ぐ事がお決まりになられました。私とリンシア王女はお互いに友と呼び合う仲…これを機にダレンシアとの交渉の窓口に私がなれればと思いまして。まぁ…マリア様がおわかりにならなくても仕方ありませんが…。」
「“仕方ない”!?あなた失礼でしょう!誰に向かってそんな馬鹿にするような口を聞いていると思っているの!?私は立場としては公爵令嬢のあなたと同じ…いえ、それ以上よ。レオナルド国王の信頼が誰よりも厚いカイデン将軍の娘よ!?」
「私はあなたと同じ立場ではございません。私のお腹にはガーランドの次期国王の血を受け継ぐ子がいる。男子であれば世継ぎの君。私は国母という事になります。」
「何よ…私に媚び諂えとでも言いたいの?」
「いい加減…子供のような事はお止め下さいと申しております。」
年下のマリーに子供扱いされた事でマリアは目を大きく見開き更に激昂した。
「王たる者は私情で動く事は許されません。常に冷静に判断する目を持たなくてはならない。」
「そんな事くらい知ってるわ!」
「…今回ユーリがダレンシアを救うために自ら動いたのはまだ彼が王子の身分であった事と、私の存在があればこそです。私と共にガーランドへ戻れば彼は為政者としての道を本格的に歩み出す事になります。私には彼を支えるという大きな役割がある。」
マリアは眉を大袈裟につり上げ、マリーの言動が滑稽だとでも言いたげだ。
「あなた、殿下がダレンシアに来たのは自分のためだとでも言いたいの?とんだ勘違いね。殿下はとても高潔な方よ。友好国であるダレンシアの窮地を知って、とても放ってはおけないと判断されたのよ!まったく…勘違いが甚だしいのはあなたの方だわ!一人の女のために殿下が命を懸けるなんてあり得ない。笑っちゃうわよ。」
「ユーリが自らダレンシアへ赴いたのは私のためです。何もわかってらっしゃらないのはあなたの方ですよ。マリア様。」
先ほどの気弱な様子から凛として自分に強く諭すマリーにマリアはたじろぐ。マリーの持つ気品に圧されているような気分だ。
「初めはダレンシアの救助のためにクリストフ様と数名の兵士を送り込む予定でした。ギヨームの捕縛が目的です。しかし予定外に私が拐われてしまった…私の命は彼の命。だから彼は周りを説き伏せここまで乗り込んで来てくれたのです。」
当初の計画まで知らなかったマリアは言葉に詰まる。
「彼の私への愛はそれほどまでに深い。そして私の彼への愛もまたそうなのです。ですからマリア様、私に毒など飲ませるのはやめて下さい。そんな事をすればユーリは躊躇うことなくあなたを殺すでしょう。そしてダレンシアも滅ぼすかもしれません。」
“毒”という言葉にマリアは動揺した。今まさに胸元へ隠し持っている小瓶の事をどうしてこの女が知っているのか。
「…私が何故それを知っているのか不思議に思われているのですね?答えは簡単です。それをあなたに渡したギヨームが教えてくれました。」
「…え…?」
目の前の女は一体何を言っているのか。そんなはずはない。この毒の事を告白するという事は自らの脱獄も諦めるという事。そんな事はあり得ない。あのギヨームに限ってそんなこと…
「…ギヨームの様子を見に行ったクリストフ様に“急げ”と教えてくれたそうです。クリストフ様はとても不思議な人で…彼と接した人は皆一様に、誰も入れた事のない己の心の奥底へと立ち入ることを許してしまう。きっとギヨームもそうだったのでしょう。」
「…証拠も無しに言っているのよね?もしそれがギヨームの狂言だったらどうするつもり?あなたもただじゃ済まないわよ。」
マリアはギラギラとマリーを睨み付ける。
しかしマリーはそれを意に介さず続けた。
「…そんなにユーリが好きですか?」
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