3 / 62
2
しおりを挟む「あなた……シンシアの言うことも一理あるわ。少し考えてみたらどうかしら」
横で話を聞いていた母の言葉にアルウェンは耳を疑った。
「お母様まで何を言うの!?」
「勘違いしないでアルウェン。私はあなたにも幸せになって欲しいと思ってる」
「それなら何で──」
「皇宮は悪意と陰謀に満ちた伏魔殿のような場所……世間知らずのシンシアでは、とても生きて行くことはできないわ。でもアルウェン、賢いあなたなら話は違う」
その“伏魔殿”にシンシアは行かせられないけれど、アルウェンなら構わないと言っていることを母はわかっているのだろうか。
「確かに……皇太子妃は、ゆくゆくはこの国の国母、すなわち皇后となる。シンシアよりもアルウェン……お前の方が適任だろう」
「お父様もお母様も、わかってくれて嬉しいわ!」
シンシアが感極まったように母親の胸に飛び込んだ。
こうなったら最後。
これまでも、シンシアのわがままの尻拭いは いつもアルウェンの役目だった。
けれど今回だけは受け入れるわけにはいかない。
「私が結婚するのはユラン様です。皇太子妃にはなりません。絶対に……!!」
言葉に詰まる両親と、母の腕の中から怯えるように視線を向けるシンシア。
まるでアルウェンが悪者のような構図だった。
「結婚式の準備がありますので」
丸め込まれてたまるか──アルウェンは踵を返し、足早に部屋を出た。
自室の扉を開けると、目に飛び込んできたのは純白のウェディングベール。
たっぷりと床に広がるチュールの美しさは、何度見てもため息が漏れる。
これはユランとの結婚の日取りが決まった日、帝都でも指折りの布地屋に依頼して取り寄せてもらった特注品だ。
アルウェンは、いつかこれを身に着ける日を思い浮かべながら、毎日ひと針ひと針心を込めて、ヴェールを縁取る花模様のレースを編んできた。
出来上がったレースの花々をチュールに縫いつけていく作業は神経を使う。
慎重に慎重を重ね、あともう少しで完成するところまできた。
「ユラン様……」
(大丈夫よ)
婚約者を妹にすげかえるだなんてそんな馬鹿な話、彼だって承知するわけがない。
アルウェンはヴェールの隣に置いてある椅子に腰を下ろし、テーブル上の裁縫箱の中から金色のレース針を取り出した。
ヴェールと同色のレース糸を慣れた手つきで編んでいく。
思えばレースや刺繍を習うだけでなく趣味にし始めたのは、シンシアと両親への不満や疑問を感じ始めた頃だった。
無数の色糸から、ひとつひとつの模様に適した色を選び取り、丁寧に刺していく瞬間は無心になれる。
(大丈夫……大丈夫……)
心の中で呪文のように唱えながら、細い糸を掬う。
両親の愛は、自分にだって向けられているはず。
だからきっと、愛する人との未来を取り上げるような真似はしないだろうと祈りながら。
762
あなたにおすすめの小説
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
妾の嫁入り
クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中
恋愛
古川家当主の妾の子として生まれ育った紫乃は、母を早くに亡くし、父の本妻とその息子から虐げられて暮らしてきた。
二十歳になった紫乃は、ある日突然深川の名家水無瀬家へ行くように命じられる。
紫乃に与えられた役目は【妾】として生きること。
てっきり父より年上の男の妾になるのだと思っていた紫乃だったが、相手は水無瀬家の嫡男瑛久であるという。
瑛久には既に妻がいたが、夫妻はどうにもできない不幸を抱えていた。
少しずつ心を通わせていく瑛久と紫乃。
しかし瑛久の妻蒔子は次第に心を壊していく──
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った
Mimi
恋愛
声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。
わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。
今日まで身近だったふたりは。
今日から一番遠いふたりになった。
*****
伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。
徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。
シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。
お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……
* 無自覚の上から目線
* 幼馴染みという特別感
* 失くしてからの後悔
幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。
中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。
本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。
ご了承下さいませ。
他サイトにも公開中です
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。
西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。
私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。
それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」
と宣言されるなんて・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる