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しおりを挟む「あなた……シンシアの言うことも一理あるわ。少し考えてみたらどうかしら」
横で話を聞いていた母の言葉にアルウェンは耳を疑った。
「お母様まで何を言うの!?」
「勘違いしないでアルウェン。私はあなたにも幸せになって欲しいと思ってる」
「それなら何で──」
「皇宮は悪意と陰謀に満ちた伏魔殿のような場所……世間知らずのシンシアでは、とても生きて行くことはできないわ。でもアルウェン、賢いあなたなら話は違う」
その“伏魔殿”にシンシアは行かせられないけれど、アルウェンなら構わないと言っていることを母はわかっているのだろうか。
「確かに……皇太子妃は、ゆくゆくはこの国の国母、すなわち皇后となる。シンシアよりもアルウェン……お前の方が適任だろう」
「お父様もお母様も、わかってくれて嬉しいわ!」
シンシアが感極まったように母親の胸に飛び込んだ。
こうなったら最後。
これまでも、シンシアのわがままの尻拭いは いつもアルウェンの役目だった。
けれど今回だけは受け入れるわけにはいかない。
「私が結婚するのはユラン様です。皇太子妃にはなりません。絶対に……!!」
言葉に詰まる両親と、母の腕の中から怯えるように視線を向けるシンシア。
まるでアルウェンが悪者のような構図だった。
「結婚式の準備がありますので」
丸め込まれてたまるか──アルウェンは踵を返し、足早に部屋を出た。
自室の扉を開けると、目に飛び込んできたのは純白のウェディングベール。
たっぷりと床に広がるチュールの美しさは、何度見てもため息が漏れる。
これはユランとの結婚の日取りが決まった日、帝都でも指折りの布地屋に依頼して取り寄せてもらった特注品だ。
アルウェンは、いつかこれを身に着ける日を思い浮かべながら、毎日ひと針ひと針心を込めて、ヴェールを縁取る花模様のレースを編んできた。
出来上がったレースの花々をチュールに縫いつけていく作業は神経を使う。
慎重に慎重を重ね、あともう少しで完成するところまできた。
「ユラン様……」
(大丈夫よ)
婚約者を妹にすげかえるだなんてそんな馬鹿な話、彼だって承知するわけがない。
アルウェンはヴェールの隣に置いてある椅子に腰を下ろし、テーブル上の裁縫箱の中から金色のレース針を取り出した。
ヴェールと同色のレース糸を慣れた手つきで編んでいく。
思えばレースや刺繍を習うだけでなく趣味にし始めたのは、シンシアと両親への不満や疑問を感じ始めた頃だった。
無数の色糸から、ひとつひとつの模様に適した色を選び取り、丁寧に刺していく瞬間は無心になれる。
(大丈夫……大丈夫……)
心の中で呪文のように唱えながら、細い糸を掬う。
両親の愛は、自分にだって向けられているはず。
だからきっと、愛する人との未来を取り上げるような真似はしないだろうと祈りながら。
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