40 / 62
39
しおりを挟む「聞こえなかった?ならもう一度言うわ。私は家族を捨てたいの」
口から出ていった言葉が、不思議なほどすんなりと腑に落ちた。
おそらく自分は、ずっと前からこうしたかったのだ。
「家族を捨てたいって……ねえお姉さま、どういうこと?」
「どういうことって、むしろここまで言ってるのになぜわからないのかが不思議だわ。私を尊重し、心から大切にしてくれない人なんてもう必要ないの」
認めてしまえば、あとは途端にすべてが面倒くさく感じた。
「ドド、どんなことをしてもいいからその子を摘みだして」
「承知いたしました」
ドドはあっという間にシンシアを抱え上げ、出口へ向かって歩き出した。
アルウェンは騒ぐシンシアを無視し、今度は母親へ向き直る。
「お聞きになられた通りです。私は準備ができ次第、グラフトン公爵夫人と養子縁組を結びます。ですが……育てていただいたご恩は決して忘れません。これまでありがとうございました」
「待ってちょうだい、アルウェン!」
「この大切な場を台無しにし、私を侮辱した罪は追って知らせます。夫人とその娘は沙汰があるまで屋敷を出ないように」
母親は尚も言い募ろうとしたが、テーブルに居並ぶ御婦人方から向けられた視線にいたたまれず、一礼したあと部屋から出て行った。
アルウェンは去りゆく小さな背中を眺めながら、そういえば最後に抱き締めてもらったのはいつだっただろう──そんなことをぼんやりと考えていた。
「家族でも──いえ、家族だからこそどうにもならない問題はありますわ」
「その通りですね、ヴェラ様……」
思わぬ騒ぎのせいで、今後についての話はまったくできなかったが、良いこともあった。
アルウェンが今日のことを気に病まぬよう、社交界では顔が広い御婦人方が、独自の情報網で掴んだ醜聞の数々を面白おかしく聞かせてくれたのだ。
さすが、酸いも甘いも噛み分けてきた御婦人方は、慰め方もひと味違う。
家族を失ったその日、アルウェンには心強い同志ができた。それもたくさんの。
夜。湯浴みを終えたアルウェンは、結婚してから初めてひとりきりの夕食を過ごしていた。
侍従からの知らせで『遅くなる』としか聞いていないが、おそらく彼は茶会に顔を出すために、自身の仕事を後回しにしてくれたのではないかとアルウェンは思った。
結果的に、彼がいてくれたお陰で夫婦仲の順調さもアピールできたし、今後派閥を組む御婦人たちの安心度も格段に上がっただろう。
(殿下のお陰で色々助かったわ……)
本来ならば、直に顔を見て感謝の言葉を伝えるべきなのだが、仕事ならば仕方がない。
久し振りにアルウェンは、自分の部屋の寝台に横になり目を閉じた。
大きなベッドにひとりでは、ひんやりとして広くて落ち着かない。
隣に誰もいない寝台が、不自然に感じる日が来るなんて思いもしなかった。。
なかなか寝付けないアルウェンにようやく睡魔が訪れた頃、沈む意識の向こうで慌てたような足音が部屋の中へ入ってくるのが聞こえた。
足音は寝台のすぐ側で止まった。
「なぜここで寝てる」
「ん……でん……か……?」
目蓋が重くて開いてくれない。
隣でギシリと音がして寝台が沈み、身体の半分が暖かかくなった。
「お仕事……遅くまで……お疲れ様、でした……」
「おまえもな」
大きな手がゆっくりと頭を撫でる。
こんなこと、親にもされた覚えがない。
(気持ちいい……)
「なんで今日はこの部屋なんだ。ここじゃ俺が狭いだろ」
不貞腐れたような声に、アルウェンは目を閉じながら笑う。
「ごめんなさい殿下……でも、もう眠くて眠くて……動けないんです……」
「……掴まって」
背中の下に手が回り、重力を感じる間もなく身体が宙に浮いた。
(あったかい……)
言い知れぬ安心感と温かなぬくもりに包まれながら、アルウェンは眠りに落ちていった。
1,803
あなたにおすすめの小説
もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~
桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜
★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました!
10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。
現在コミカライズも進行中です。
「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」
コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。
しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。
愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。
だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。
どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。
もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。
※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!)
独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。
※誤字脱字報告もありがとうございます!
こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。
陛下を捨てた理由
甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。
そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。
※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。
西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。
私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。
それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」
と宣言されるなんて・・・
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる