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しおりを挟む「聞こえなかった?ならもう一度言うわ。私は家族を捨てたいの」
口から出ていった言葉が、不思議なほどすんなりと腑に落ちた。
おそらく自分は、ずっと前からこうしたかったのだ。
「家族を捨てたいって……ねえお姉さま、どういうこと?」
「どういうことって、むしろここまで言ってるのになぜわからないのかが不思議だわ。私を尊重し、心から大切にしてくれない人なんてもう必要ないの」
認めてしまえば、あとは途端にすべてが面倒くさく感じた。
「ドド、どんなことをしてもいいからその子を摘みだして」
「承知いたしました」
ドドはあっという間にシンシアを抱え上げ、出口へ向かって歩き出した。
アルウェンは騒ぐシンシアを無視し、今度は母親へ向き直る。
「お聞きになられた通りです。私は準備ができ次第、グラフトン公爵夫人と養子縁組を結びます。ですが……育てていただいたご恩は決して忘れません。これまでありがとうございました」
「待ってちょうだい、アルウェン!」
「この大切な場を台無しにし、私を侮辱した罪は追って知らせます。夫人とその娘は沙汰があるまで屋敷を出ないように」
母親は尚も言い募ろうとしたが、テーブルに居並ぶ御婦人方から向けられた視線にいたたまれず、一礼したあと部屋から出て行った。
アルウェンは去りゆく小さな背中を眺めながら、そういえば最後に抱き締めてもらったのはいつだっただろう──そんなことをぼんやりと考えていた。
「家族でも──いえ、家族だからこそどうにもならない問題はありますわ」
「その通りですね、ヴェラ様……」
思わぬ騒ぎのせいで、今後についての話はまったくできなかったが、良いこともあった。
アルウェンが今日のことを気に病まぬよう、社交界では顔が広い御婦人方が、独自の情報網で掴んだ醜聞の数々を面白おかしく聞かせてくれたのだ。
さすが、酸いも甘いも噛み分けてきた御婦人方は、慰め方もひと味違う。
家族を失ったその日、アルウェンには心強い同志ができた。それもたくさんの。
夜。湯浴みを終えたアルウェンは、結婚してから初めてひとりきりの夕食を過ごしていた。
侍従からの知らせで『遅くなる』としか聞いていないが、おそらく彼は茶会に顔を出すために、自身の仕事を後回しにしてくれたのではないかとアルウェンは思った。
結果的に、彼がいてくれたお陰で夫婦仲の順調さもアピールできたし、今後派閥を組む御婦人たちの安心度も格段に上がっただろう。
(殿下のお陰で色々助かったわ……)
本来ならば、直に顔を見て感謝の言葉を伝えるべきなのだが、仕事ならば仕方がない。
久し振りにアルウェンは、自分の部屋の寝台に横になり目を閉じた。
大きなベッドにひとりでは、ひんやりとして広くて落ち着かない。
隣に誰もいない寝台が、不自然に感じる日が来るなんて思いもしなかった。。
なかなか寝付けないアルウェンにようやく睡魔が訪れた頃、沈む意識の向こうで慌てたような足音が部屋の中へ入ってくるのが聞こえた。
足音は寝台のすぐ側で止まった。
「なぜここで寝てる」
「ん……でん……か……?」
目蓋が重くて開いてくれない。
隣でギシリと音がして寝台が沈み、身体の半分が暖かかくなった。
「お仕事……遅くまで……お疲れ様、でした……」
「おまえもな」
大きな手がゆっくりと頭を撫でる。
こんなこと、親にもされた覚えがない。
(気持ちいい……)
「なんで今日はこの部屋なんだ。ここじゃ俺が狭いだろ」
不貞腐れたような声に、アルウェンは目を閉じながら笑う。
「ごめんなさい殿下……でも、もう眠くて眠くて……動けないんです……」
「……掴まって」
背中の下に手が回り、重力を感じる間もなく身体が宙に浮いた。
(あったかい……)
言い知れぬ安心感と温かなぬくもりに包まれながら、アルウェンは眠りに落ちていった。
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