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しおりを挟む宴の会場に繋がる庭園に、一組の男女の姿があった。
濃紺に金の縁取りがされた上品なドレスに、清楚さの中にも女を漂わせる結髪の女性と、揃いの生地で仕立てた盛装に身を包んだ男──ユランとシンシアだ。
「お願いよユラン様、どうかひと目会うだけでいいの。お姉さまと話をさせて」
シンシアは目元にハンカチをあてながら、ユランに許しを請う。
「だから、ご両親からは駄目だと言われているだろう。君もそれを承知の上で出席したんじゃないのか」
「でも、私変わったわ。この姿をお姉さまに見てもらって、あの日のことを謝りたい。そして元の仲が良かった頃に戻りたいの……!」
付け焼き刃程度の仕上がりではあったが、醜態を晒したアルウェン主催の茶会以降、シンシアは新たに雇い直した家庭教師のもと、これまでなんだかんだと理由をつけてはさぼってきた勉強や礼儀作法を必死で学んだ。
不満ひとつ漏らさず毎日真摯に取り組むその姿に、両親はやっとシンシアも反省し、改心したかと胸を撫で下ろした。
しかし建国祭へ出席を望んだシンシアへの両親の態度は厳しかった。
最初は出席を反対されたが、シンシアは何度も何度も両親へ頭を下げ続けた。
『どうしても姉に会って謝りたい』『生まれ変わった自分を見てもらいたい』と涙ながらに訴えた。
根負けした両親は、二人の提示した条件をシンシアがのむのならという約束で、出席を許可した。
その条件とは、『式典への参加は見送る』ことと、『アルウェンと会話できるのは、彼女がシンシアへ声をかけた時のみ』の二点だ。
当然のごとくシンシアは両親が出した条件を二つ返事でのんだ。
それは新たに婚約を結んだユランにも伝えられ、彼は今日シンシアのお目付け役として一緒に参加していた。
そして深刻な顔で『話がある』とシンシアから言われ、冒頭へ戻る。
「ユラン様も私の頑張りを見てくださったでしょう?」
「確かに、人が変わったようだと皆が思っていたよ。でも駄目だ。今度何かあれば、シャトレ侯爵家といえどただじゃ済まない」
皇太子妃主催の茶会で無礼を働いたシンシアの話は、既に社交界にも広まっていた。
ユランの母にいたっては、社交を控えざるを得ないほどだ。
そしてユラン自身も今回の件では迷惑を被っていた。
アルウェンとの婚約解消については事情が事情なだけに、周囲も同情の目を向けてくれていた。
なのでユランも家族も、婚約を組み直した後も生活に支障はなかった。
それなのに、シンシアが問題を起こしたせいであることないこと揶揄されるようになり、ほとほとうんざりしていたのだ。
「ねえ、お願いよユラン様、お姉さまに謝りたい。それになにより、ユラン様のお顔をお姉さまに見せて差し上げたいの」
「僕の顔を?……そんなの、見たくもないだろうに」
最低なことをした自覚があるのか、ユランは珍しく表情を曇らせた。
ユランがあっさりとシンシアに乗り換えたのには、彼なりの理由があった。
もちろんそれが良いか悪いかは別だと前置きしておくが。
ユランには外国に留学している大層優秀な弟がいた。
父母も彼に期待しており、どちらかといえば長男であるユランには関心が薄かった。
成長するにつれ両親の期待の差は顕著になっていく。
そのことに気づいたユランは、家の将来を見据え、両親が弟に家督を継がせるのではないかと不安に怯えていた。
だが、そんなユランに救いの神が訪れた。
帝国内で現状最も権威ある家門、シャトレ侯爵家の長女アルウェンだ。
二つ年下の彼女とは、貴族の子どもたちの集まりで知り合った。
家格の高さから、いつも人の輪の中心にいた彼女だったが、なぜかユランによく懐いてくれて、顔を合わせれば必ず彼女から声をかけてくれるようになった。
それによりユランの存在は社交界でも一目置かれ始め、やがてその噂は母の耳にも入ることになった。
それからだ。
父母のユランに対する態度が目に見えて変わったのは。
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