あなたを染める、私の毒

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2 初夜

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 目を覚ますと、ぼんやりとした薄明かりの中、見慣れた天井が目に入った。

 「気分はいかがですか」
 
 声のした方へ視線を向けると、ルナリアの眠る寝台に腰掛け、様子をうかがうイグニスと目が合った。

 「あの……わたし……」
 
 「湯殿で気を失われたそうです。慣れない事で疲れたのだろうと、先ほど診察にきた医師が言っていました」

 言われれば、浴槽に浸かったところまでは記憶がある。
 結婚式を終えてから新居へ移動するのは体力的に難しいだろうと、初夜はルナリアが幼い頃から暮らしたこの宮殿で行う手筈になっていた。
 
 「こんな大事な日にお見苦しい姿を晒してしまい、申し訳ありません」

 慌てて身体を起こそうとしたルナリアをイグニスが止めた。

 「私は気にしていません。具合が悪いのであればそのまま休んでください」

 言葉は優しいが、そこには何の感情ものせられていない。
 けれど、意外にも普通に会話が成立する事がわかり、ほんの少し安堵した。

 「それではお言葉に甘えて……フォルクレール公爵──あの、イグニス様とお呼びしても?」

 「構いません」

 「ありがとうございます。イグニス様もここでお休みになられますか?」

 「そのつもりですが」

 イグニスはとっくに湯浴みを済ませていたようで、用意された夜着に着替えていた。
 正装を解いた姿は随分と印象が違い、少し幼く感じる。
 そういえば、見た目が大人びているからつい忘れていたが、彼の年齢は自分より二歳年下だった。
 もしかしてイグニスは、無断で寝台に横になる事を躊躇い、ルナリアが目を覚ますまで待っていたのではないだろうか。
 なんだかひどく申し訳ない気持ちになった。

 「慣れない場所でひとりにさせてしまい、申し訳ありません。さぞかし心細かったでしょうに」

 口にしてから、失言だった事に気付く
 いけない──
 嫁ぐ前、父王からはイグニスに対し、感情の機微に関する問いかけ等を慎むよう言われていたのだ。
 感情を持たないイグニスにその手の質問を投げかけると、不快をあらわにしたり、だんまりを決め込んでしまうからだという。
 案の定イグニスからの返事はなかったが、だからといって不快をあらわにする様子は今のところ見受けられない。
 (良かった……)
 記念すべき日を台無しにしてしまうところだった。
 ルナリアは胸を撫で下ろした。

 「あの、どうぞ」

 広い寝台の真ん中を独占していたルナリアが、横にずれる事で生まれたスペースに、イグニスが静かに収まった。

 甘い雰囲気など皆無。
 そもそも彼がこの結婚に関してどう考えているのかもわからないし、もしかしたら何も考えていないのかもしれない。
 とにかく彼の人生の邪魔はしないように、そしてルナリアの存在がほんの少しでも彼のためになるように努力しなければ。
 現状、役立たずの自分にできることはそれしかないのだから。
 ルナリアは無表情で隣に座るイグニスの手を取り、包み込むように自身の手を重ねた。

 「ふつつか者ですが、これからどうぞよろしくお願いいたします。もしお嫌でなければ、仲良くしてくださると嬉しいですわ」

 これは本心だった。
 例え政略結婚で、おまけに相手は感情を持っていなくとも、穏やかな関係は築けるはず。
 イグニスは握り込まれた自分の手を無表情でじっと見つめている。

 「仲良く、とは具体的にどうするのですか」

 「そうですね……まずは毎日挨拶をして、一緒にいる時間を作り、他愛ない話などをする……といったところでしょうか」

 なんだか夫婦じゃなく、友だちへの第一歩のような感じもするが、彼の事を知るには必要な時間と手順だ。

 「あなたがそれを望むのであれば、言う通りにします」

 どうやらルナリアを妻として尊重してくれる気はあるらしい。

 「忙しかったり、疲れている時は無理して合わせていただかなくて大丈夫ですからね」

 「その心配は必要ありません。疲れる事などありえませんから」

 人間なのだから、そんなわけないだろうに──思わず突っ込みそうになってしまった。
 しかし理解に苦しむその発言も、すべては感情の無さに起因するのだとしたら、一概に否定もできない。
 (これはなかなか大変そうだわ)
 苦しい事を苦しいと思えない。
 そんな彼をどう支えていくべきか──いや、もしかしたら支えなんて彼には必要ないのかもしれない。
 (まだ初日だし……悩むには早いわ)
 幼少からの虚弱は『悩んでもどうにもならないことがある』という事を嫌というほどルナリアに学ばせてくれた。
 それが今、こんな形で役に立とうとは。
 
 「明日はフォルクレール公爵邸への移動で、イグニス様をはじめ使用人の皆さんにもご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします」

 そろそろお休みの挨拶をしたいのだが、イグニスから返事がなく、妙な間が生まれて気まずい。
 具合が悪いのならそのまま休めと言っていたし、今日の初夜は流れたという認識で間違っていないはず。
 ルナリアはイグニスの手を握ったまま目を閉じた。

 「お休みなさいませ、イグニス様」

 やはり返事はなかったが、しばらくしてイグニスも身体をよこたえた。
 意外な事に繋いだ手はそのままで、彼から伝わる温かい熱に、ルナリアはいつの間にか深い眠りについていた。






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