あなたを染める、私の毒

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3 一夜明け

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 ──二の姫様の婚約が決まったそうよ
 ──なんとめでたい!それにくらべて四の姫様ときたら
 ──この間も式典を欠席されたそうじゃない
 ──あんな役立たずを養うために我々の納めた税金が使われるなんて

 頭の中からルナリアを好き勝手罵倒する使用人たちの声が聞こえ、これは夢なのだと理解した。
 自分に向けられた悪意を自覚してからこれまで、何度も何度も見てきた悪夢。
 ルナリアの母である正妃の他に、二人の側妃を持つ父王には計六人の子どもがいた。
 正妃との間に生まれたのは王太子であるルナリアの兄と、第四王女のルナリア。
 そして二人の側妃との間には王子がひとりと王女が三人。
 好色の父が正妃陣営の反対を押し切り迎えた側妃らは大層見目麗しく、また生家から国王の寵愛を受けるための手練手管をみっちりと仕込まれており、王との間に子をなした今では平然と正妃よりも大きな顔をして王宮内を闊歩するようになった。
 しかし由緒正しき高位貴族出身で、王太子を産んだ国母である正妃はやはり扱いが別格。
 側妃とその子らが溜め込んだ鬱憤は、周囲を巻き込んで大きな渦となり、その矛先は真っ先に攻撃しやすいひ弱なルナリアへと向けられた。
 陰口だけならまだしも、ありもしない噂話を流され、火消しに苦労した事もある。
 悲しいとか悔しいよりも、ルナリアのせいで苦しむ母を見るのが何よりつらく、申し訳なかった。
 実のところ、父王からイグニスとの結婚を命じられた時、ルナリアは心のどこかでほっとしていた。
 自分がここ王宮からいなくなれば、母も心穏やかに暮らせるのではないだろうか。
 そして自分も、嫁いだ先で邪魔になる事のないよう大人しくしてさえいれば、静かに人生を終える事ができるのではないかと。


 「…………綺麗」


 夢と現実の狭間にいたルナリアの目に映ったのは、宝石のように透き通る紫色の瞳。
 吸い込まれるように手を伸ばすと、温かくてふにふにとしたものに触れた。
 滑らかで気持ちよくて、微睡む意識の中、むにむにと摘むように揉んでは感触を楽しんだ。

 「うふふ、可愛い……」

 まるでいつぞや部屋に忍び込んできた猫のよう。
 どこからか現れたその子は、ルナリアを見つけるなりベッドの上に飛び乗ってきて、優しく撫でてやると気持ちよさそうにうっとりと喉を鳴らしていた。
 あの時と同じようにして撫でていると、手の甲にさらさらとした毛がすべるように当たる。
 随分毛の長い子だ。長毛種だろうか。
 意識が浮上しかけたルナリアが薄く目をあけると、ぼんやりとした視界の先にいた、猫だと思って撫でていたものの正体に青ざめる。

 「イ、イ、イ、イグニス様!!」

 イグニスは相変わらず無表情のまま、横向き寝の姿勢でルナリアを見ていた。
 
 「と、とんだ失礼を」
 
 慌てて身体を起こそうとするが、昨日のようにまたイグニスに止められた。

 「急に起き上がるのはよくありません」

 「はい。あの、イグニス様はいつから起きてらっしゃったのですか?」

 「二時間ほど前です」

 「二時間!?」

 それでは起きてから二時間の間ずっと、この姿勢のままルナリアの顔を眺めていたというのか。
 
 「気分はいかがですか」

 「今朝はもう大丈夫です。昨晩はご心配をおかけしました」

 「それは良かった」

 そう言うとイグニスは夜着の腰紐を解き、ルナリアの上へ覆い被さった。

 「イグニス様?」

 「義務ですから」

 初夜を無事済ませられなかった事が知れ渡れば、お互いにとって良い事はひとつもない。
 しかし義務なのは重々承知しているが、それをあえて口に出してしまうあたり、やはりコミュニケーションに難があるのは否めない。
 イグニスはあっさりと上着を脱ぎ捨てた。
 未だ成熟しきっていない若く細身の身体だが、滑らかな肌には隆起する筋肉で美しい陰影が生み出されている。
 
 「綺麗……」

 「さきほどもそのようにおっしゃっていました」

 そういえば、寝ぼけ眼で見た紫の瞳に向かって思わず口走っていたのを思い出す。

 「じろじろとすみません。イグニス様はどこもかしこも美しくて、つい……」

 「不快に思われていないのなら良かったです」

 彼を不快に思う女性なんているのだろうか。
 そんな事を考えていると、柔らかいものが唇に触れた。
  ルナリアよりも体温の低いそれが離れたタイミングで、恐る恐る口を開く。

 「もしご気分がのらないようでしたら、無理をなさらなくても……いくらでも誤魔化せますよ」

 それらしくシーツを汚して乱せば、とりあえずはなんとかなるだろう。
 今夜からはフォルクレール公爵邸に移るのだし、落ちついた頃合いを見計らってもいいのではないか。
 なにもこんな朝から営まなくても──

 「私の意思など関係ありません。これは義務ですから」 

 なんというか、いっそ清々しいくらいの返答にルナリアも内心苦笑いだった。

 「それでは、よろしくお願いいたします」

 ルナリアは少し困ったように微笑み、目を閉じた。





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