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7 イグニス
しおりを挟むイグニスは、自分の手を握り締めたまま眠ってしまったルナリアを静かに眺めていた。
色の無い自分の頭髪と違い、燭台の光を受けて太陽のように輝く金の髪が、敷布の上で波打つように散らばっている。
『そなたもそろそろ身を固めたらどうだ』
突然の国王からの提案に、イグニスは二つ返事で了承した。
断る理由がなかったし、フォルクレール公爵家の当主として、どのみちいつかは伴侶を迎えなければならなかったから。
要は誰でも良かったのだ。
勿論相手が公爵夫人としての資質に欠けるなら論外だが。
相手が第四王女だと聞いても特に何も思わなかった。
物心ついてから今日まで、何を見ても誰と会っても心を動かされた事がない。
それは、戦場で敵を斬り殺す瞬間すら。
なぜならそうなるよう育てられたから。
人はイグニスの事を母親の腹の中に感情を置いてきた化け物だというが、そんなわけあるか。
とっくの昔に捨て去ってしまったが、かつてイグニスの中に、感情は確かに存在していた。
けれど今の自分を悲しいなんて思わない。
そもそも“悲しい”という感情も、今となってはどういうものなのかわからなくなってしまった。
ひとつ言えるのは、何も感じないのは楽だ。
なんなら自分は幸福だとさえ思える。
心を揺らせば迷いが出る、弱くなる。
戦場の恐怖に心ごと呑み込まれ、死んでいった同胞を何人も見てきた。
しかし自分は敵の刃が己の首を掠めようと恐怖など感じない。
だから真っ先に先陣を駆けることができ、悪鬼と評されるほどの気迫で戦えた。
それなのに──
『イグニス様はお優しいですね』
優しいとはいったい何だ。
イグニスはただ、選ぶべき最善を取っただけ。
あの時だけじゃない。
感情を持たない自分は、正解までの最短ルートをすぐに導き出すことができる。
メイドに関しては解雇が最適解だ。
けれどルナリアは、三人を解雇する事でイグニスが被るかもしれない損害を考え、心配していた。
顔を合わせて二日目の男になぜそんな感情を抱くのだ。
考えられるのは己のため──イグニスの評判はそのままルナリアの評価にも繋がる。
だが彼女はお荷物になりたくないと、戦いに赴くイグニスが安らげる家庭を作りたいと言った。
(意味がわからない)
「ん……」
眠るルナリアが小さく身じろぎする。
ずれ落ちた毛布を華奢な肩にかけ直してやると、再び小さな寝息が聞こえてきた。
安心しているのだろうか、あどけない寝顔はイグニスより年上だということを忘れさせる。
初夜、虚弱体質だという彼女を抱くのは神経を使った。
生まれて初めて目にする女性の肉体。
引き寄せた腰は折れそうなくらい細いのに、胸の膨らみや臀部の肉付きはまろみのある美しい曲線を描いていた。
壊れ物に触れるようにしながらなんとか身体を繋げたが、吐精による一瞬の快楽は得たものの、心を動かされるような驚きはなかった。
(けれど──)
イグニスは、大切そうに包み込まれた自身の手を見た。
握り返せば折れてしまいそうに小さくて頼りない白魚のような手。
けれど温かくて、なぜか振りほどけないこの手。
可愛いと犬猫のように撫で回された時も、不思議と不快には思わなかった。
自分が可愛い?
いくら寝ぼけていたとはいえ、どうかしている。
(私を厭うてはいないのか)
イグニスに向けられる周囲の目はいつも、恐怖と好奇に満ちている。
けれど、ルナリアがイグニスを見つめる瞳はいつも凪いでいて、恐怖と好奇、そのどちらも感じ取ることはできない。
イグニスは寝台の上に乗り、ルナリアの側で横になった。
女と手を繋ぎ隣り合って眠る──そんな日がくるなんて、これまで考えた事もない。
イグニスは、夜が更けるまでルナリアの顔を見つめていた。
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