幸せにするって言ったよね

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12 ノクティス①

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 「必ずや婚約解消をして、ノクティス様が幸せになれるようにいたします」

 五年前、絶望に囚われながら生きていた僕にそう告げた二つ歳上の少女の名は、エリーゼ・ベットーニ。
大きく見開かれた猫のようにまん丸な青い瞳が印象的だった。
 当時、両親を亡くしたばかりの僕に、いきなり降って湧いた婚約。 
 まだ幼く、一度に両親を失った悲しみから疑問を抱く余裕もなかった。
 長年勤めてくれている執事のバルトから、ラクリモサ公爵家の財政状況を聞かされ、それとなく婚約を促された僕は、領民及び使用人たちのためにこの話を受ける事を決めたのだ。
 けれど、援助に関して逐一恩着せがましく言ってくるベットーニ伯爵の態度は、助けて貰っているとはいえどうしても好きになれなかった。
 聞けば、平民から伯爵に上り詰めた男だというではないか。
 そんな男が由緒正しきラクリモサ公爵家に縁談を持ち込むなんて図々しい──地位と名誉欲しさに婚約を打診したに違いない。
 エリーゼに関しても彼の娘というだけで、頭ではいけないとわかっていても、どうしても嫌悪感のようなものを感じてしまう。
 だが、エリーゼと過ごす時間を重ねるうちにわかったのだが、彼女は父親とはまるで違う性質の持ち主だった。
 明るくて、前向きで、不機嫌なところなんて一度も見たことがない。
 そして実にフェアな人だ。
 援助してやっているからと偉ぶる事もせず、僕を尊重し、大切にしてくれるのも爵位が上だからとかいう表面的な理由からではない。
 格下の家の援助を受けながら、卑屈にならずにいられたのはすべてエリーゼのおかげだ。
 
 彼女のためにも何とか公爵家の財政を立て直さなければならないと、積極的に経理に関わるうちに、ある事に気付いた。
 不正だ。
 信じたくはないが、犯人は執事のバルトで間違いないだろう。
 しかし帳簿を見ると、ある時期から不正が止まっている。
 『ある時期』とは、エリーゼが経理の手伝いにと元ベットーニ伯爵家の使用人カルロを連れてきた頃だ。
 エリーゼのこれまでの言動を考えると、偶然だとはとても思えない。
 僕は秘密裏にバルトについて探った。
 すると点と点が繋がった先に、我が家に不幸をもたらした黒幕がいる事がわかった。

 ──アントニオ・ベットーニ

 まさかと思い、両親の事故についても徹底的に調べ上げた。
 随分時間が経っている事もあり、捜査は極めて難航したが、わずかな証言を一つも漏らすことなくすべて拾い上げると、やはりベットーニ伯爵へと繋がった。

 そこで、僕の中にある考えが浮かんだのだ。

 ──もしかしたら、エリーゼは実父の悪事を最初から知っていたのではないか

 だから彼女は僕と婚約を解消して、幸せにするなんて言ったのでは。
 まだ幼い自分では父親に対峙することは不可能だから、せめて僕を安心させようとしてあんな事を言ったのではないか。

 居ても立ってもいられず、エリーゼに確認しようとした矢先、彼女が倒れたと連絡がきた。
 ──そういえば……先日一緒にお茶をした時も様子がおかしかった
 嫌な胸騒ぎがして、見舞いの花を用意する時間も惜しく感じた僕は花鋏を手に庭へ出た。
 そして咲いていた花を片っ端から切って束ねたのだ。
 



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