王女は魔道師団長の愛に溺れる

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 「まずは患者の手に触れ、損傷部位を正確に感じ取るのだ。それから重症度によって治療の順番を決定し──」

 低く穏やかな声が講堂に響き渡る。
 声の主は宮廷魔導師団の師団長であり、魔道師の卵たちを養成する機関アカデミーの首席魔導師、ユーイン・オルブライト。

 雪のように真っ白な髪と、深海を思わせる藍色の瞳。

 彼はその容貌と、治癒や防護などを専門とする白魔法の使い手であることから、周りからは【白のユーイン】と呼ばれていた。

 そんな彼が魔導師を目指す若者たちのために開く講義には、毎回必ず顔を出す若い女性の姿があった。
 リーリア・アルムガルド王女だ。

 彼女は八年前、ドニエの森でユーインに助けられてからというもの、彼の講義には欠かさず出席するようになった。

 しかし、彼女に魔法の素地はない。

 通常、講義に出席することを認められるのは魔法の素質があり、将来宮廷魔導師として活躍するであろう魔導師の卵たちである。
 なのになぜ彼女がここで使えもしない魔法の講義を受けているのかというと、それはひとえにユーインへ抱く恋心からだった。

 渋る父王に必死で頼み込み、アカデミーで学ぶことを特別に許されたリーリアだったが、最初の頃は魔法どころではない。
 ユーインが話す言葉すら理解できなかった。
 けれど彼の側にいるためには、魔法を学ぶしか理由がない。だから毎日必死で勉強した。

 幼い頃はただ彼に近づきたい一心だった。
 それはきっと憧れのようなものなのだとリーリア自身思っていた。
 しかし成長するにつれ、その気持ちが憧れとは違う、もっと切なく苦しいものなのだと気づくまでに、そう時間はかからなかった。
 けれど、気持ちを自覚してからも、リーリアはユーインに何も伝えられないまま、こうして彼の講義に出席し続けている。

 「本日の講義はこれで終了する。各自しっかりと復習をしておくように」

 リーリアにとってなによりも幸せなひと時は、いつもあっという間に終わってしまう。
 首席魔導師でありながら、驕らず真面目な人柄の彼を慕う者は多い。
 講義のあと、ほんの少し言葉を交わしたくても、彼の周りにはすぐ人だかりができてしまう。
 だからリーリアは、いつもその光景を遠巻きに見つめながら、後ろ髪を引かれる思いで講堂を後にするのだ。

 宮廷魔導師団はリーリアたち王族が暮らす王宮内に本部が置かれている。
 移動中の危険が少ないことも、リーリアがアカデミーへの立ち入りを許可された要因だろう。
 講堂を出た先に、護衛のアーロンの姿が見えたその時だった

「リーリア殿下!」

 聞き覚えのある声がリーリアを呼び止めた。
 ユーインが身に纏う白地に金の刺繍が入ったローブとは対照的な、漆黒の生地に銀の刺繍が施されたローブに身を包む男。

 彼の名はクレイグ・シズリ―。

 最年少でユーインと同じ首席魔導士の座に就いた黒魔法の使い手だ。

 「今日も白魔法の講義ですか?たまには私の講義にもいらしてくださいと、あれほどお願いしておりますのに」

 リーリアは、このクレイグという男が非常に苦手だった。
 実力主義で、能力さえ高ければ自分の側に取り立ててやり、その他の者には塵屑だと言わんばかりの視線を向ける。
 同じ首席魔導師といっても、魔法を扱う者の人格形成を重要視するユーインとは雲泥の差だ。
 ユーインは、大きな力には同等の危険が伴うものだから、常に冷静に物事を俯瞰して見れるようでなければならないと、常日頃若い魔導師たちに説いて聞かせている。

 「ごきげんよう、クレイグ様。お誘いは大変光栄なのですが、私は白魔法を……人を癒し救う神秘の力を学びたいのです」

 「黒魔法とて人を救いますよ?現に魔物の襲撃や諸国との小競り合いからこの国を守っているのは、私たち黒魔法の使い手です」

 確かに前線に出て戦うのは黒魔法の使い手たちだ。
 しかし彼らが安心して戦えるのは、後方で援護するユーインたち白魔法を使う魔道師たちの存在があるからこそ。
 クレイグはそのことを誰よりも理解しているはずなのに、白魔法の使い手に敬意を払うことはない。
 それどころかむしろ馬鹿にしている節さえ見受けられる。

 「一度私の講義を受けていただければ世界が変わりますよ。もうすぐ次の講義が始まりますし、いかがでしょう?」

 にじり寄るようにして、少しずつ距離を詰めてくるクレイグに、リーリアは後ずさる。

 ──どうしよう……アーロンを呼ぼうかしら

 その強大な魔力を駆使し、戦場で次々に戦果を挙げるクレイグは、父王のお気に入りでもある。
 あまり下手な真似はできないが、だからといってこれ以上無礼な振る舞いは、決して看過することができない。

 「リーリア殿下」

 背後から聞こえた声に、クレイグは眉を寄せ、リーリアは思わず背筋が伸びた。

 間違いない。この声は──

 

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