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「苦虫を噛み潰したような顔をして、なにかあったのか?」
ユーインが入室するなり、珍しいものを見るような目で話しかけてきたのは補佐を務めるクラウス。
同い年のふたりは、共に七歳の時に白魔法の素質を見出され、宮廷魔道師団に引き取られた。
それ以来ずっと苦楽を共にしてきた仲だ。
階級が分かれてしまったので公の場では憚られるが、ふたりきりの時は気安い言葉で会話をするのが常だった。
「……男の患者は実技に回すな」
「は?」
「聞こえなかったのか?実技のために呼ぶ患者を選んでるのはお前だろう。今後は男ではなく女にしろと言っている」
「いきなりどうしたんだよ。何か問題でもあったのか?」
「大アリだ!!」
ユーインは、リーリアに向かってデレデレと鼻の下を伸ばす患者の顔が脳裏に浮かび、全身の血が逆流するような感覚を覚えた。
そして慈愛の表情で湿布を貼ろうとするリーリアの姿を思い出したところでその怒りは頂点に達する。
「おい、白魔法の使い手が殺気を出すな」
クラウスは、今にも人を殺めそうな様子のユーインを窘めるも、本人は聞く耳を持たない。
「お前のせいで殿下の手が汚れるところだったんだぞ……死を持って償っても足りないくらいだ」
「手が汚れる?」
ユーインからの不可解な一言に、クラウスは今日の患者の症状を思い返して少しの間悩んでいたが、ようやく合点がいったようだ。
「お前まさか、リーリア王女に薬の調合させといて、ケツに湿布貼るのは駄目とか駄々こねたんじゃないだろうな」
「駄々じゃない。至極真っ当な判断だ」
感情を表に出すことの少ないユーインの口が回りに回っているあたり。
いったいどんなケツだったのかと逆に興味が湧く。
「そんなに王女様が好きならなんでさっさと気持ちを伝えないのかねぇ……」
「うるさい。お前には関係ない」
「早くしないと腹黒魔道師に掻っ攫われちゃうよ?あいつ平気で汚い手使いそうだしね」
白魔道師と黒魔道師は、決して仲が悪い訳ではなかった。
しかしあのクレイグ・シズリーという男が頭角を表し始めてからというもの、両魔道師の間に隙間風が吹き始めた。
せめてもの救いと言えば、黒魔道師を率いる団長が、善い人間であるということ。
「ただでさえ調子に乗ってるあいつらが、王族と結婚なんて事になったら厄介だよ」
例え師団長と言えど、クレイグが王族の系譜に名を連ねることにでもなれば、口出しはできなくなる。
「……殿下はあんな男を選んだりしない。決してだ」
「誰かに取られるのは死ぬほど嫌なくせに、何でもっと積極的にいかないんだよ」
ユーインがはっきりと口にした訳ではないが、これまでの言葉の積み重ねで、彼がリーリアを愛していることはクラウスもよく理解している。
なのにユーインときたら、リーリアが結婚適齢期を迎えたにも関わらず、何のアクションも起こさない。
クラウスはそれが不思議でたまらなかった。
「後悔先に立たず、だぞ」
何も答えない友人にそれだけ言うと、クラウスは再び机に向かった。
「……まだ、その時じゃない……」
クラウスが走らせるペンの音が、ユーインの小さな呟きを掻き消した。
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