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しおりを挟むシルヴィオからお茶の誘いがきた時は、いつもなら庭園か賓客用のティールームに案内されるのだが、今日はどうやら違うようだ。
リエトの進む方向にあるのは、王族が住まう私的な区域。ルクレツィアも数えるほどしか訪れたことはないが、シルヴィオの私室がある場所だ。
婚約を申し込まれた日も通ったこの道。あの日、彼の部屋の中は真紅の薔薇が隙間なくぎっしりと飾られていた。そしてむせ返るような甘い香りの中で、シルヴィオはルクレツィアの前に跪き、恭しく手を取ると婚約を申し込んだのだ。
(もしかしたら本当に?)
今朝方侍女たちが言っていたことが脳裏に浮かぶ。
シルヴィオと婚約を結んでから四年の月日が経つ。彼の兄弟はまだ未婚だが、次期国王は既に長兄カリストに決まっている。もしシルヴィオとルクレツィアの間に先に子どもが生まれたとしても、今のところ政争の火種にはならないだろう。
トクン、トクンと鼓動が少しずつ速くなる。
シルヴィオはいつも優しく紳士的で、どんな時もルクレツィアを一番に考えて行動してくれた。親バカ全開の父のせいで世間知らずだったルクレツィアを決して馬鹿にせず、たくさんのことを教えてくれた。だからルクレツィアもシルヴィオを手放しで信頼できた。この人といれば大丈夫だと。
でも、いざ彼が夫になるのだと思うと、わかっていたはずなのになんだかやけに照れくさい。
シルヴィオの部屋が見えてきた。どんな言葉をくれるのだろう。ルクレツィアは緩む顔を手のひらで押さえながら、気持ちを落ち着けようと深呼吸した。
リエトは入室の許可を得ると、扉を開ける前に小さなため息のようなものを落とした。
「ルクレツィア様、どうぞ」
やはり浮かない顔のリエトに入室を促され、部屋の中に足を踏み入れる。するとそこにはシルヴィオと、彼の専属侍女の一人がいた。ビビアナというその子はルクレツィアも顔見知りだった。
「やあ、ルクレツィア!私の大切なお姫様、会えて嬉しいよ」
既に席に着いていたシルヴィオだったが、ルクレツィアの姿を見るなり立ち上がり、そばまで来ると手を取ってその甲にキスをした。
だがすぐには唇を離さずに、口づけたまま目元を甘く緩めてルクレツィアを見つめている。
彼がこんなことをするのは初めてで、ルクレツィアの心臓は、口から飛び出そうなくらい大きく跳ねた。
「シルヴィオ様、今日はお誘いありがとうございます」
緊張のせいで上擦った声が出てしまった。だがシルヴィオはそんなルクレツィアを慈しむように微笑んだ。
「うん。よく来てくれたね。今日の君もとても美しいよ……それと、私が君の誕生祝いに選んだものを身につけてくれたんだね。よく似合っている」
シルヴィオがルクレツィアを褒めるのはいつものことなのに、飛び跳ねる心臓は一向に収まってはくれない。
「さあ、座って。今ビビアナに君の好きな蜂蜜入りのフルーツティーを淹れさせるよ」
シルヴィオに席まで案内され、着席したルクレツィアはあることに気づく。お茶の用意をするビビアナの腹が、傍目から見てもわかるほどに膨れているのだ。
「あの、ビビアナ……?もしかしてあなた……」
「そうなんだ。ビビアナは妊娠してる」
ビビアナに話しかけたのに、なぜか答えたのはシルヴィオだった。
だが思いがけず知ったおめでたい話に、ルクレツィアは自分のことのように喜んだ。
「何か月になるの?おめでとう!あなたが結婚したなんて全然知らなかったわ。今度お祝いを贈らせてね。それで、お相手の方はどんな方?」
なんておめでたいことだろう。ルクレツィアの父母も、子どもほど大切なものはこの世に存在しないと言っていた。だから新たな命の誕生は素晴らしいもので、祝福すべきことなのだと常々言われてきた。
確かビビアナは地方の伯爵家出身だったはず。シルヴィオの専属侍女である彼女が男性と出会う場所といえばやはり王宮内に限られているだろうから、相手は王宮内に勤める貴族出身の誰かだろう。
それにしても、大きなお腹の彼女を立ったまま働かせるなんて、少し気が引ける。
「シルヴィオ様、ビビアナはいつまで働くのですか?もしお腹の子になにかあったらと思うと心配ですわ」
「ああ、そうなんだ。けれどそんなに喜んでくれて、ビビアナの身体まで気遣ってくれるなんて。ルクレツィアは本当に優しい女性だね。さすが私の自慢の婚約者だよ。それでねルクレツィア、今日はビビアナのことで君に話があって呼んだんだ」
「私に……ですか?」
なぜ彼の専属侍女のことを自分に相談する必要があるのか。ルクレツィアは首を傾げた。
「その……ビビアナのお腹の子の父親はね、私なんだ」
「…………は?」
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