やり直しは別の人と

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中

文字の大きさ
8 / 56

しおりを挟む







 今でこそこんな風に普通に話せる仲ではあるが、アンジェロとの出会いは衝撃的なものだった。
 あれはルクレツィアが十四の時だった。
 シルヴィオの婚約者になることが決まった少しあとのこと。あの日は二人で両陛下への挨拶へ向かう途中だった。
 少し離れた回廊の先、繊細な彫刻が美しい円柱の陰に隠れ、じっとこちらをみている少年がいたのだ。
 ふわふわの金の髪に、アクアマリンのような美しい瞳。まるで天使かと見紛うほどに美しい少年だった……のだが、様子がとてつもなくおかしかった。
 柱を握る手は白く染まるほど力が入っていて、目は血走っていた。そして凄まじい形相でルクレツィアを睨み付けているのだ。
 それはルクレツィアの姿が見えなくなるまでずっと。突然我が身に起こった恐怖。ルクレツィアは震えながら少年についてシルヴィオに聞いた。どうやらシルヴィオは彼の存在に気づいていなかったらしい。特徴を説明するとシルヴィオは“ああ”と合点がいったような顔をした。そしてあの恐ろしい少年の正体は、末の弟第三王子アンジェロだという。ルクレツィアは激しく怯えた。
 なにせ親バカの父のせいで、これまで身内以外と接することがなかったのだ。それなのに外の世界に出た途端、こんな敵意のようなものをぶつけられたのだ。だがそんなルクレツィアにシルヴィオは、思春期特有の態度だから気にするなと笑いながら言った。しかしルクレツィアはアンジェロとの出会いによって、長らく思春期というものについて悩むことになったのだ。

 「どうしたのルクレツィア?」

 心配そうな声が頭の上から降ってくる。まさか四年前のあなたの異常行動について考えていましたとは言えない。

 「い、いいえ。あの、アンジェロ殿下?」

 「なに?」

 「どうしてお一人であの場所に?今日はダンテ卿は御一緒ではないのですか?」

 ダンテとは、アンジェロのそばにいつもいる彼の近習だ。
 アンジェロが幼少の頃から陰になり日向になり尽くしてきた彼の姿が、今日はどこにも見えない。
 だが不思議に思うルクレツィアに、アンジェロはさらっととんでもないことを口にした。

 「ダンテは撒いてきた」

 「ま、撒いてきた?」

 なにゆえ尊い身であり自身の安全をなにより優先すべきエルドラの第三王子様が、城内で自身の近習を撒かねばならぬのか。

 「僕は今日、シルヴィオ兄上が君を王宮に呼んだと知って……おそらくあの侍女の件だろうと思った。その……どうしてもこんな狭い場所では、たとえ目を瞑っていたとしても色々見えてしまうものなんだ。こんなことになるまでなにもできなかったことを許してほしい」

 「いえ……私はシルヴィオ様の婚約者です……アンジェロ殿下が公に私たちのことに口を挟めばいらぬ誤解を生んでしまいますから……」

 さっきは感情的になって、彼にも理不尽な感情を抱いてしまったが、それくらいのことはルクレツィアだってわかっている。

 「それでも君が傷つけられると思ったらやっぱりいてもたってもいられなかった。だから君を助けにいくつもりだったんだ。でもあいつときたら主の一大事に凄まじいタックルかましてきやがって……!」

 ──はて、今彼はなんていったのかしら。タックルかましてって言った?かまして?

 「兄の婚約者に手を出せば大変なことになるとかなんとか頭の固いこと言いやがって……あ、いやそのね。ダンテはもう爺さんだから、走れば撒けると思って城中駆けてからここまできたんだ。僕、足には自信があるからさ」

 おかしい。
 ルクレツィアの知っている最近のアンジェロは、王族としての自覚も出てきて随分大人になったはずなのだが。
 眉根を寄せて考えている間に、いつの間にかルクレツィアを抱いたアンジェロは見たことのない場所を歩いていた。
 アンジェロは、大きな両開きの扉の前で足を止めた。

 「さあ、ここが僕の部屋だよ」
 


 




しおりを挟む
感想 305

あなたにおすすめの小説

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

【完結】ご期待に、お応えいたします

楽歩
恋愛
王太子妃教育を予定より早く修了した公爵令嬢フェリシアは、残りの学園生活を友人のオリヴィア、ライラと穏やかに過ごせると喜んでいた。ところが、その友人から思いもよらぬ噂を耳にする。 ーー私たちは、学院内で“悪役令嬢”と呼ばれているらしいーー ヒロインをいじめる高慢で意地悪な令嬢。オリヴィアは婚約者に近づく男爵令嬢を、ライラは突然侯爵家に迎えられた庶子の妹を、そしてフェリシアは平民出身の“精霊姫”をそれぞれ思い浮かべる。 小説の筋書きのような、婚約破棄や破滅の結末を思い浮かべながらも、三人は皮肉を交えて笑い合う。 そんな役どころに仕立て上げられていたなんて。しかも、当の“ヒロイン”たちはそれを承知のうえで、あくまで“純真”に振る舞っているというのだから、たちが悪い。 けれど、そう望むのなら――さあ、ご期待にお応えして、見事に演じきって見せますわ。

(完結)私が貴方から卒業する時

青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。 だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・ ※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

処理中です...