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しおりを挟む今でこそこんな風に普通に話せる仲ではあるが、アンジェロとの出会いは衝撃的なものだった。
あれはルクレツィアが十四の時だった。
シルヴィオの婚約者になることが決まった少しあとのこと。あの日は二人で両陛下への挨拶へ向かう途中だった。
少し離れた回廊の先、繊細な彫刻が美しい円柱の陰に隠れ、じっとこちらをみている少年がいたのだ。
ふわふわの金の髪に、アクアマリンのような美しい瞳。まるで天使かと見紛うほどに美しい少年だった……のだが、様子がとてつもなくおかしかった。
柱を握る手は白く染まるほど力が入っていて、目は血走っていた。そして凄まじい形相でルクレツィアを睨み付けているのだ。
それはルクレツィアの姿が見えなくなるまでずっと。突然我が身に起こった恐怖。ルクレツィアは震えながら少年についてシルヴィオに聞いた。どうやらシルヴィオは彼の存在に気づいていなかったらしい。特徴を説明するとシルヴィオは“ああ”と合点がいったような顔をした。そしてあの恐ろしい少年の正体は、末の弟第三王子アンジェロだという。ルクレツィアは激しく怯えた。
なにせ親バカの父のせいで、これまで身内以外と接することがなかったのだ。それなのに外の世界に出た途端、こんな敵意のようなものをぶつけられたのだ。だがそんなルクレツィアにシルヴィオは、思春期特有の態度だから気にするなと笑いながら言った。しかしルクレツィアはアンジェロとの出会いによって、長らく思春期というものについて悩むことになったのだ。
「どうしたのルクレツィア?」
心配そうな声が頭の上から降ってくる。まさか四年前のあなたの異常行動について考えていましたとは言えない。
「い、いいえ。あの、アンジェロ殿下?」
「なに?」
「どうしてお一人であの場所に?今日はダンテ卿は御一緒ではないのですか?」
ダンテとは、アンジェロのそばにいつもいる彼の近習だ。
アンジェロが幼少の頃から陰になり日向になり尽くしてきた彼の姿が、今日はどこにも見えない。
だが不思議に思うルクレツィアに、アンジェロはさらっととんでもないことを口にした。
「ダンテは撒いてきた」
「ま、撒いてきた?」
なにゆえ尊い身であり自身の安全をなにより優先すべきエルドラの第三王子様が、城内で自身の近習を撒かねばならぬのか。
「僕は今日、シルヴィオ兄上が君を王宮に呼んだと知って……おそらくあの侍女の件だろうと思った。その……どうしてもこんな狭い場所では、たとえ目を瞑っていたとしても色々見えてしまうものなんだ。こんなことになるまでなにもできなかったことを許してほしい」
「いえ……私はシルヴィオ様の婚約者です……アンジェロ殿下が公に私たちのことに口を挟めばいらぬ誤解を生んでしまいますから……」
さっきは感情的になって、彼にも理不尽な感情を抱いてしまったが、それくらいのことはルクレツィアだってわかっている。
「それでも君が傷つけられると思ったらやっぱりいてもたってもいられなかった。だから君を助けにいくつもりだったんだ。でもあいつときたら主の一大事に凄まじいタックルかましてきやがって……!」
──はて、今彼はなんていったのかしら。タックルかましてって言った?かまして?
「兄の婚約者に手を出せば大変なことになるとかなんとか頭の固いこと言いやがって……あ、いやそのね。ダンテはもう爺さんだから、走れば撒けると思って城中駆けてからここまできたんだ。僕、足には自信があるからさ」
おかしい。
ルクレツィアの知っている最近のアンジェロは、王族としての自覚も出てきて随分大人になったはずなのだが。
眉根を寄せて考えている間に、いつの間にかルクレツィアを抱いたアンジェロは見たことのない場所を歩いていた。
アンジェロは、大きな両開きの扉の前で足を止めた。
「さあ、ここが僕の部屋だよ」
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