7 / 56
7
しおりを挟む部屋から出たあと、後ろからはシルヴィオとリエトがなにか言い争うような声が聞こえてくる。しかしルクレツィアは決して振り返らなかった。
「ルクレツィア様!」
しばらく走ったところで、後方から名を呼ばれた。声の主はリエトだった。ルクレツィアを追いかけてきたようだ。しかしここで立ち止まってはシルヴィオに捕まってしまうのではないかと思ったルクレツィアは、恐怖で身震いし、そのまま走り続けた。
リエトは全部知っていたのだ。
彼の顔色の悪さは、きっとこのことが原因だったのだ。誰よりもシルヴィオの近くにいる彼が、ビビアナとの仲を知らないはずがない。知っていて、みんなでルクレツィアを騙していたのだ。
──悔しい、悔しい、悔しい……!!
呑気に差し入れなどと考えていた自分はどれほど馬鹿なのか。なにも知らずにシルヴィオの言葉に浮かされるルクレツィアの姿は、見ていてさぞかし滑稽だったことだろう。
「痛っ……!!」
スカートの裾を踏んでしまい、ルクレツィアは目の前に勢いよく倒れ込んだ。靴は脱げ、転んだ瞬間足首からは嫌な音がした。誰もいない廊下にたったひとり。ルクレツィアは、生まれて初めて孤独というものを味わった。
「うっ……!!」
ぼろぼろと、急に涙が零れ出す。
まがいものの愛を盲目的に信じていた自分の愚かさが切なかった。
ここはルクレツィアへの愛に溢れた侯爵邸ではない。どんなに泣いてもルクレツィアのことを心から心配して、手を差し伸べてくれる人はいないのだ。
よろよろと、力の入らない身体でなんとか立ち上がろうとした時だった。
「ルクレツィア!!」
今きた道とは違う方から自身の名を呼ぶ声がして顔を向けると、こちらに向かって走ってくる人の姿が見えた。
「……アンジェロ……殿下……?」
「ルクレツィア!ああ、こんなに泣いて……!!」
シルヴィオと同じ金髪碧眼の青年は、床に座り込むルクレツィアのそばまできて膝をつくと、その泣き濡れた顔を見て顔を歪めた。
「ルクレツィア様!っ……これは、アンジェロ殿下……」
追いついたリエトはルクレツィアの隣にいるアンジェロの姿を見て目を見開き、すぐさま礼をとった。
「下がれリエト。ルクレツィアは僕が預かる」
アンジェロの声は怒気を孕んでいた。
「しかしルクレツィア様は……!」
「時に主の愚行を諌めることも、そばに仕える君の役目だ。それができなかったなら、君だって兄上と同じだ。そんな人間に送って貰いたいなんて、こんなに傷ついているルクレツィアが望むと思うのかい?」
リエトはぐっ、と言葉を呑んだ。
アンジェロは厳しい視線を向け、それ以上リエトの発言を許さなかった。
「ルクレツィア、僕の部屋でお茶を飲もう?こんな顔で帰ったら、君を愛する侯爵邸のみんなが心配してしまうよ」
優しい手が、乱れたルクレツィアの髪を掬って耳にかけた。
「でも……」
とてもお茶など飲める気分ではない。それがあのシルヴィオの弟であれば尚更だ。
どうやらルクレツィアを慰めようとしてくれているみたいだが、アンジェロの口ぶりでは、シルヴィオとビビアナの仲はリエトだけではなく、王宮に住まう皆が知るところのようだ。
──惨めだわ
「気が進まないのはよくわかる。でもね、僕は君の味方だ。決して悪いようにはしないよ。それに……早く足の手当もしないと」
思い出した途端、捻ったらしい足首の痛みが襲ってきた。
これでは一人で立つことも難しいだろう。
ルクレツィアは観念し、渋々アンジェロの誘いを承諾した。
アンジェロは少し膨れ顔のルクレツィアに苦笑すると、転がった靴を拾い、素早くルクレツィアを抱き上げた。
「ア、アンジェロ様!?」
「その足じゃ歩けないでしょう?いいから、しっかり掴まっていて」
ルクレツィアの体重だけではない。ドレスも合わせると相当な重さだろうに、アンジェロはものともせず歩いて行く。
いつの間にこんなに大人になったのだろう。ルクレツィアは、アンジェロと初めて会った日のことをぼんやりと思い出していた。
96
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
愛してしまって、ごめんなさい
oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」
初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。
けれど私は赦されない人間です。
最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。
※全9話。
毎朝7時に更新致します。
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
婚約破棄されなかった者たち
ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。
令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。
第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。
公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。
一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。
その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。
ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる