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しおりを挟む信じられない思いでシルヴィオの瞳を見つめると、いつもの慈しむような視線がルクレツィアに向けられている。
けれど違う。冷静になった今ならわかる。これは慈しみなんかじゃない。だってルクレツィアの父母や自邸で働いてくれているみんなが自分に向ける瞳とまるで違う。どうして今まで気づかなかったのだろう。シルヴィオの、慈しみと見せかけた瞳の奥には、騙されているルクレツィアに対する憐れみと蔑みが隠されていた。
シルヴィオは、世間知らずのルクレツィアならすぐに騙されてくれるだろうと、心の奥で馬鹿にしているのだ。
──許せない……!!
ふとその時、ルクレツィアの頭の中に一つの疑問が浮かんだ。
さっきからシルヴィオの言葉を聞いているはずのビビアナの顔から、動揺の色がまったくといっていいほど見受けられないのだ。
これだけ自身のことを侮辱されているにも関わらずだ。その様子から察するに、おそらくこのことについては、既にシルヴィオからなにがあっても黙っているようにと言い聞かされているのだろう。おそらく彼女はそれに納得していないはず。ただシルヴィオに捨てられたくない一心から、聞き分けのいいふりをしているだけなのかもしれない。
ルクレツィアは自身に絡みつくシルヴィオの腕をやんわりと外し、その顔を真っ直ぐに見た。
「……ビビアナとはいつからそういう仲だったのですか?その……どちらから?」
ちゃんとした恋心が双方にあったのだろうか。知ったところでどうなるものではないが、きちんと聞いておきたかった。しかしシルヴィオはやはり困った顔をするだけでなにも言わない。こうやってのらりくらりとかわして逃げ切るつもりだろうか。
ルクレツィアが苛立ちを感じ始めた時だった。それまで黙っていたビビアナが、唐突に喋り出したのだ。
「シルヴィオ様からですわ。シルヴィオ様が私を望まれたのです」
給仕を終えたビビアナは、部屋の隅にいた。さっきまでなんの感情も読み取れなかった表情はそのままだが、どこか様子がおかしい。
「ビビアナ、お前はもう下がりなさい」
シルヴィオの口調は穏やかだったが、その目は笑っていない。しかし、どうしても本当のことを知りたかったルクレツィアは、シルヴィオを無視してビビアナに話しかけた。
「シルヴィオ様からあなたを誘ったのね?」
ルクレツィアの問いに“そうだ”というようにビビアナは頷いた。
「いつからなのビビアナ。あなたもシルヴィオ様のことをずっと想っていたの?」
「ルクレツィア、それは今から私が君に説明するから……」
すると今度はビビアナがシルヴィオの言葉を遮った。
「シルヴィオ様に初めて可愛がっていただいたのは、もう随分前のことですわ。ガルヴァーニ侯爵の手前、ルクレツィア様にそうそう手が出せないと嘆いておられたシルヴィオ様を、私がお慰めしたのです。ああそうですわ、ルクレツィア様が今身につけていらっしゃるネックレスやイヤリング、それにその髪飾りだって私が選んだんですよ?一緒に選んだご褒美に、私もシルヴィオ様からネックレスをいただきましたわ」
「ビビアナ!!」
シルヴィオが止めるのも聞かず、最後まで言い切ったビビアナの表情からは、ルクレツィアに対する優越感と嘲りがはっきりと見て取れる。
「そう……これはあなたが選んでくれたものだったの」
ルクレツィアは、自身の胸元で輝く宝石にそっと触れた。
これを二人で寄り添いながら楽しく選んだのだろうか。なにも知らない馬鹿なルクレツィアを笑いながら。
理解が追い付かないだけなのかもしれないが、ルクレツィアは事実を聞いた今、悲しいとも悔しいとも思わなかった。ただ、今は早くこの場から立ち去りたかった。
「シルヴィオ様、申し訳ありませんが本日はこれで下がらせていただきます」
「ルクレツィア!まだ話はおわっていないよ。どうしたの?いつもの君らしくない。そんなにショックだったのかい?可哀想に。けれど今のビビアナの発言は全部嘘だから、私に説明させてくれ。ビビアナ、お前は早くここから出ていけ!」
怒鳴られたビビアナは悔しそうに唇を噛み、エプロンをぎゅっと握り締めて下を向いている。ルクレツィアには彼女が必死で涙を堪えているように見えた。
「ビビアナはなにも悪くありません。シルヴィオ様、今後のことはまた後日連絡させていただきます。リエト、帰りますから扉を開けて」
「待ってルクレツィア!!」
ルクレツィアは扉の前にいたリエトに叫ぶと、自分に向かって手を伸ばすシルヴィオの横をすり抜けるようにして走った。
なにも言わずリエトがすぐにルクレツィアを外に出してくれたことは、この日唯一の幸運だった。
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