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しおりを挟むカリストの表情を見る限り、嘘をついているようには見えない。
なにを悩むことがある。
簡単なことじゃないか。この手を取れば、彼についていけば、すべてが丸くおさまる。
彼は次期エルドラ国王に指名された人間で、彼の決定にはシルヴィオとアンジェロも逆らうことはできない。アンジェロに助けを乞うよりも、カリストを頼る方が確実だ。彼だって家名に傷一つつけないと言ってくれた。きっとその通りにしてくれるだろう。
けれどそんなに簡単にこの人についていってもいいのだろうか。
カリストはルクレツィアを愛していると、欲しいと明言した。
助けてもらって“ありがとうございました、では私はこれで……”では済まないのだ。
今回のことでルクレツィアは自身の見る目のなさがどれほどのものかを痛感したばかり。それなのに間髪入れずに次の相手を選ぶなんて。しかもカリストはこの先政治的な目的や、世継ぎをもうけるために、正妃だけではなく第二妃を娶ることだって考えられる。
次代に血を繋ぐことが、王たるものの務めなのはわかる。けれどルクレツィアはそれを容認するなんてとてもできない。
──救いの手なら喉から手が出るほど欲しいけど、結局自分の幸せが犠牲になるかもしれない
ルクレツィアが幸せにならなければ、たくさんの人が悲しむ。両親に祖父母、侯爵邸に仕えてくれているみんなだって……。
時間がないのは百も承知しているが、アンジェロのことを見極めないで、このまま彼に決めてしまって本当にいいのだろうか?
葛藤するルクレツィアをよそに、曲はもう終わりへと近づいていた。
「どうする、ルクレツィア?」
ルクレツィアの顔を覗き込むカリストの瞳は、ゆらゆらと自信なさげに揺れている。
いつも泰然としている人なのに、なんだか今は子犬みたいにかわいい……
って、駄目だから!!目を覚ませ馬鹿者!
この期に及んでまたコロッと転がされてどうするのだ。
これだって演技かもしれない。だって王家にとってルクレツィアとの結婚はいいことずくめなのだから。
──選べないわ……
やっぱり選べない。相手も自分自身も騙して、とりあえずの選択なんてできない。自分自身が選んだ道の責任を他人にとらせて逃げようなんて……そんなこと自分には無理だ。それに、シルヴィオのように保身のための嘘はつきたくない。
「……選べません、殿下」
「……それは、私では駄目だということなのか?」
「いいえ、そういうことではありません」
「ならなぜ?」
「……私は、選べるほど殿下のことをなにも知りません。初めてお会いしたあの頃のように、無邪気で愚かなルクレツィアのままなら、さきほどの殿下のお言葉も手放しで信じ、喜んでついていったことでしょう。でも今は……許すことは到底できませんが、シルヴィオ様のおかげで色々と学びました」
おとぎばなしのような展開は、現実には存在しない。お姫様の危機を助けてくれる素敵で優しい王子様だってそうだ。ただ本に描かれていないだけで、本当は裏で侍女を誑かして遊んでいるに違いない。
「ではどうするのだ。世の中の男すべてに絶望したままシルヴィオのものになるのか?」
「……それは死んでも嫌なので、今日のところはひとまずお腹を下したと言って逃げ帰ろうかと」
うっかり胸が痛いとか言おうものならあのシルヴィオのことだ、“私が見てあげる”とでも言いかねない。だからここはひとつ、“派手に腹を下しました”とか言って逃げ帰ろう。
とてつもなく恥ずかしい理由だし、後々絶対噂になるだろうが背に腹は代えられない。
下のことに関してならさすがのシルヴィオもしつこくは食い下がらないはずだ。……多分。
しかしこの“派手に腹を下したということにして逃げ帰る”というルクレツィアの発言に、カリストは目を見開き、次に大口を開けて笑いだしたのだ。
「カリスト殿下?」
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