33 / 56
33
しおりを挟む「ルクレツィア、喉は渇いているか?」
「いいえ、それほどは……」
「そうか。なら先に散歩をしよう。といっても私の宮の庭園は小さいがな。さあ、こちらへ」
差し出された手に自身のそれを遠慮がちにそっと重ねると、彼の指がルクレツィアの手のひらをくすぐるようにするりと滑り、あっという間にそれぞれの指が絡まった。
「ぅえっ!?えっ?え!?」
「行くぞ」
カリストは笑いを噛み殺し、上機嫌な様子でルクレツィアの手を引いて歩き出した。
外からはわからなかったが、彼の庭園はなんと宮の中にあった。宮殿が庭の周りを囲むようにして建っているのだ。
大きなつるバラのアーチをくぐるとそこはまさしくおとぎの国。マグノリアのお出迎えから始まり、ライラック、ムスカリ、ルピナスにクレマチス。今が見頃の花々がところ狭しと咲いている。訪問客に開放されている王宮の庭園のような、計算された美しさとはぜんぜん違う。しかしルクレツィアは、温かみのあるこのような素朴な庭園の方が好きだった。
「わぁ!たくさん咲いてる……可愛いわ……」
庭園を進んだ先に咲いていたのは紫色のカンパニュラ。
ルクレツィアが一番好きな花だ。
「……これが一番好きだとそなたが言ったから植えさせた。もう何年も前のことだがな」
「え……?」
──私が一番好きな花を植えさせた?
そんなこといつ話したのだろうか。朧気な記憶を必死で手繰り寄せる。すると、もしかしてと思い当たることがひとつだけあった。
それはもう四年も前のこと。無邪気なルクレツィアがカリストに向かって“一緒に庭園をお散歩しましょう”などと言っていたあの頃だ。そうだ……言われてみれば、確かにそんなことを話した憶えがある。
国王夫妻とシルヴィオ、そしてカリストとアンジェロの五人でお茶を飲んでいた時のことだ。シルヴィオが言ったのだ。
“カリスト兄上はずっと執務室にこもっているが、私なら息が詰まって死んでしまうよ”と。
国王夫妻やアンジェロは“大袈裟だな”と笑っていたが、ルクレツィアはそれは大変だと本気で心配になってしまったのだ。だからなにか自分にしてあげられることはないだろうかと、そんな気持ちから出た言葉だった。
『ねえカリスト殿下、いつか庭園を一緒にお散歩しましょうね。お仕事ばかりしていては身体に毒だわ』
けれど王宮のあの立派な庭園を歩いたって息抜きになる気はしなかった。本当に心休まるのは、風景画のような素朴な場所だと思っていたから。だからいつかそんな場所に一緒に行こうと。そしてその流れで話したのだ。
『私、薔薇は確かに美しいと思いますし大好きなのですけれど……一番好きなのは、物憂げにうつむきながらみんなで寄り添い、可憐に咲いているカンパニュラなのです』
その時彼は表情を変えることなく、静かに聞いていただけだった。
それなのにまさかあの時のことを憶えていてくれたなんて。周りのことも考えず、調子にのって喋り倒していただけだと思っていたのに。
「一緒に散歩をしようという約束が、やっと叶ったな」
「殿下……」
正確に言えば約束はしていない。だってカリストはそれに返事をしなかったから。
「……あの時は殿下に対し本当に失礼なことを……なにもおっしゃらなかったのは、きっと私に呆れていたのだろうと思っていました」
ルクレツィアの答えが意外だったのか、カリストは少しだけ眉を上げた。
「それは……喋るのがもったいなかっただけだ。そなたのその鈴を転がすような可愛らしい声をひとつも聞き逃したくなかった。だから耳を澄ませて聞いていたのだ」
96
あなたにおすすめの小説
理想の『女の子』を演じ尽くしましたが、不倫した子は育てられないのでさようなら
赤羽夕夜
恋愛
親友と不倫した挙句に、黙って不倫相手の子供を生ませて育てさせようとした夫、サイレーンにほとほとあきれ果てたリリエル。
問い詰めるも、開き直り復縁を迫り、同情を誘おうとした夫には千年の恋も冷めてしまった。ショックを通りこして吹っ切れたリリエルはサイレーンと親友のユエルを追い出した。
もう男には懲り懲りだと夫に黙っていたホテル事業に没頭し、好きな物を我慢しない生活を送ろうと決めた。しかし、その矢先に距離を取っていた学生時代の友人たちが急にアピールし始めて……?
完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう
音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。
幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。
事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。
しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。
己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。
修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。
【完結】私を裏切った前世の婚約者と再会しました。
Rohdea
恋愛
ファルージャ王国の男爵令嬢のレティシーナは、物心ついた時から自分の前世……200年前の記憶を持っていた。
そんなレティシーナは非公認だった婚約者の伯爵令息・アルマンドとの初めての顔合わせで、衝撃を受ける。
かつての自分は同じ大陸のこことは別の国……
レヴィアタン王国の王女シャロンとして生きていた。
そして今、初めて顔を合わせたアルマンドは、
シャロンの婚約者でもあった隣国ランドゥーニ王国の王太子エミリオを彷彿とさせたから。
しかし、思い出すのはシャロンとエミリオは結ばれる事が無かったという事実。
何故なら──シャロンはエミリオに捨てられた。
そんなかつての自分を裏切った婚約者の生まれ変わりと今世で再会したレティシーナ。
当然、アルマンドとなんてうまくやっていけるはずが無い!
そう思うも、アルマンドとの婚約は正式に結ばれてしまう。
アルマンドに対して冷たく当たるも、当のアルマンドは前世の記憶があるのか無いのか分からないが、レティシーナの事をとにかく溺愛してきて……?
前世の記憶に囚われた2人が今世で手にする幸せとはーー?
私と幼馴染と十年間の婚約者
川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。
それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。
アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。
婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?
あなたの妻にはなりません
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。
彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。
幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。
彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。
悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。
彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。
あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。
悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。
「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」
【完結】捨てたものに用なんかないでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。
戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。
愛人はリミアリアの姉のフラワ。
フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。
「俺にはフラワがいる。お前などいらん」
フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。
捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。
※他サイト様にも載せています。
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる