やり直しは別の人と

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 「ルクレツィア、喉は渇いているか?」

 「いいえ、それほどは……」

 「そうか。なら先に散歩をしよう。といっても私の宮の庭園は小さいがな。さあ、こちらへ」

 差し出された手に自身のそれを遠慮がちにそっと重ねると、彼の指がルクレツィアの手のひらをくすぐるようにするりと滑り、あっという間にそれぞれの指が絡まった。

 「ぅえっ!?えっ?え!?」

 「行くぞ」

 カリストは笑いを噛み殺し、上機嫌な様子でルクレツィアの手を引いて歩き出した。
 外からはわからなかったが、彼の庭園はなんと宮の中にあった。宮殿が庭の周りを囲むようにして建っているのだ。
 大きなつるバラのアーチをくぐるとそこはまさしくおとぎの国。マグノリアのお出迎えから始まり、ライラック、ムスカリ、ルピナスにクレマチス。今が見頃の花々がところ狭しと咲いている。訪問客に開放されている王宮の庭園のような、計算された美しさとはぜんぜん違う。しかしルクレツィアは、温かみのあるこのような素朴な庭園の方が好きだった。

 「わぁ!たくさん咲いてる……可愛いわ……」

 庭園を進んだ先に咲いていたのは紫色のカンパニュラ。
 ルクレツィアが一番好きな花だ。

 「……これが一番好きだとそなたが言ったから植えさせた。もう何年も前のことだがな」 

 「え……?」

 ──私が一番好きな花を植えさせた?

 そんなこといつ話したのだろうか。朧気な記憶を必死で手繰り寄せる。すると、もしかしてと思い当たることがひとつだけあった。
 それはもう四年も前のこと。無邪気なルクレツィアがカリストに向かって“一緒に庭園をお散歩しましょう”などと言っていたあの頃だ。そうだ……言われてみれば、確かにそんなことを話した憶えがある。
 
 国王夫妻とシルヴィオ、そしてカリストとアンジェロの五人でお茶を飲んでいた時のことだ。シルヴィオが言ったのだ。

 “カリスト兄上はずっと執務室にこもっているが、私なら息が詰まって死んでしまうよ”と。
 国王夫妻やアンジェロは“大袈裟だな”と笑っていたが、ルクレツィアはそれは大変だと本気で心配になってしまったのだ。だからなにか自分にしてあげられることはないだろうかと、そんな気持ちから出た言葉だった。

『ねえカリスト殿下、いつか庭園を一緒にお散歩しましょうね。お仕事ばかりしていては身体に毒だわ』

 けれど王宮のあの立派な庭園を歩いたって息抜きになる気はしなかった。本当に心休まるのは、風景画のような素朴な場所だと思っていたから。だからいつかそんな場所に一緒に行こうと。そしてその流れで話したのだ。

 『私、薔薇は確かに美しいと思いますし大好きなのですけれど……一番好きなのは、物憂げにうつむきながらみんなで寄り添い、可憐に咲いているカンパニュラなのです』

 その時彼は表情を変えることなく、静かに聞いていただけだった。
 それなのにまさかあの時のことを憶えていてくれたなんて。周りのことも考えず、調子にのって喋り倒していただけだと思っていたのに。
 
 「一緒に散歩をしようという約束が、やっと叶ったな」

 「殿下……」

 正確に言えば約束はしていない。だってカリストはそれに返事をしなかったから。

 「……あの時は殿下に対し本当に失礼なことを……なにもおっしゃらなかったのは、きっと私に呆れていたのだろうと思っていました」

 ルクレツィアの答えが意外だったのか、カリストは少しだけ眉を上げた。

 「それは……喋るのがもったいなかっただけだ。そなたのその鈴を転がすような可愛らしい声をひとつも聞き逃したくなかった。だから耳を澄ませて聞いていたのだ」

 

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