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しおりを挟むオリンドがカリストの命令を忠実に遂行してくれたおかげで、無事ルクレツィアは帰路につくことができた。
侯爵邸へ向かう道すがら、窓の外を眺めていたルクレツィアはあることを考えていた。
「もう、いっそのことオリンド卿に結婚してもらおうかしら……」
ルクレツィアは結構本気だった。
王家の三兄弟、誰と結婚したとしても結局は一生つき合っていかなければならない。
そんなこと気にならないくらい幸せになれる気は、今のところ……うん、しない。
シルヴィオとの婚約解消は少なからずルクレツィアの今後に影を落とす。しかも王家の三兄弟を揉めさせた女を娶りたい男なんているはずがない。誰だって権力者から睨まれることは避けたいから。
だがオリンドならどうだろう。
きっと彼は世間の噂など気にしない。自分の目で見たものを信用するタイプだ。
髪型はともかくとして顔は別に悪くない。しかも案外どころかかなり頼れるいい人だった。確か貴族の出で、気楽な次男か三男だったはず。
恋愛関係にはなれないだろうが、友人にはなれるのではないだろうか。
その点丁度いいことに、現在オリンドはカリストに報われない恋をしている。カリストのそばにいる限り、その想いが報われることも、だからといって消えてなくなることもないだろう。
それをルクレツィアが友人として、彼のそばで生涯励ましながら暮らしていけばいいのでは?
偽装夫婦……いや、真の友だち夫婦だ!
「なんていい考えなの!?よし!それがいいわ。もしも誰も選ぶことができなかった場合、そうしましょう!」
思いがけず今後の方針が決まってしまったルクレツィアは声を上げ、ガッツポーズをしてしまった。
*
「御前試合観覧のご案内……参加者は近衛騎士団、アンジェロ殿下にカリスト殿下……シルヴィオ様も!?」
カリストとのお茶会から帰ってきて数日後。
またしても王宮から使者がやってきた。
今回届いたのは三兄弟からのプレゼントでもお茶の誘いでもなく、手紙だった。
一週間後に王宮で開催される武術の試合を見に来るようにと記されていた。しかも殿下方からではなく、国王陛下の名前で。
「なるほど。これで息子たちを競わせて、さっさとこの騒ぎを終わらせようって魂胆ね」
ルクレツィアの母は届いた手紙を手に取り、一通り目を通したあと、少し呆れたようにそれをテーブルの上へ置いた。
「……相討ちになってしまえばいいんだよあのいけすかねえ長男も無駄にキラキラしてる世の中舐めてる末っ子も……ワカメは弱そうだから論外だろうけどな」
相変わらず父はうつむいて口からなにかよろしくないものを垂れ流している。
「……でもそんな、剣技を見たくらいで伴侶を決められるわけないじゃないの……陛下もまだ、私が愚かで夢見がちな少女のままだと思っているのかしらね」
確かにそう。これまでのルクレツィアなら“わぁ、お強いのですね!好き!”とか言って飛びついただろう。
しかし今はそんなこと思ったりはしない。せいぜい少し見直すくらいが関の山だ。
面倒で行きたくない。けれど、純粋に見てみたい気も少しする。
だってルクレツィアは本当の男らしさというものを知らないに等しい。角砂糖に蜂蜜ぶっかけたような甘い甘い言葉はこれまで山ほど聞いてきたが、自分のために真剣に戦う男の人の姿なんて見たことがない。
「ふふっ。ときめいちゃうわよ、きっと。それに……もしかしたらその日は無事に帰れないかもしれないわね」
「どうして?御前試合が終わったらなにかあるの?」
「それは……あなたのために真剣に戦ったあとだもの。勝者にはご褒美をあげなくちゃ可哀想じゃない。それに、戦いの後って荒ぶる気持ちを抑えられないものだしね」
そう話す母はなんだか楽しそうだ。
「ご褒美って……例えば?」
「うふふ……たいていは相手の望むものだけれど……まあ、キスくらいはあげなきゃかしらね?」
「キ、キス!?」
“キス”という衝撃的な言葉に血相を変えた父は急いで文机に向かい、白い紙が黒く染まるほどびっしりと返事を書いていた。
封筒の中になにかゴソゴソと仕込んでいたのは気のせいだと思いたい。
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