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しおりを挟むアンジェロに抱えられたまま部屋を出ると、さっきまで共に事態を見守っていた三人がこちらを見ていた。
しかしアラベッラの瞳は大きく見開かれ、なにやらキラキラと輝いている。
そういえばアンジェロは彼女の推しだった。しかしジョルジュは機嫌を悪くしてはいないだろうか。アラベッラの隣にいるジョルジュに目をやると、これまた彼の目も大きく見開かれ、キラキラと輝いている。
「ジョルジュ、アラベッラ。素晴らしいお姉さんだね。僕からも心からの感謝を……あとでカーラ嬢の成婚祝いと、君たちの婚約祝いの品を公爵邸に贈らせてもらうよ」
「「光栄です!!」」
やり遂げた感満載の二人の返事は仲良く揃っていた。
「ルクレツィアのことは心配いらない。僕の護衛たちをつけて帰すからね。だから気をつけて帰るんだよ……リエトも、このあとしばらくは大変だろうけど、よろしく頼む」
「はい……」
深々と頭を下げるリエト。
アストーリ侯爵家を訪れたあの日、ルクレツィアはリエトにこの作戦を伝え、秘密裏にことを運ぶ手助けをして欲しいと頼んだ。
リエトからの返事には、手助けを了承する旨と共に、この作戦が終わった後シルヴィオの近習を辞めると記されていた。
主が道を外れていくのを止められなかった自分は近習には向かないと。おそらく諸々の処理が終わったあと、王宮から退くつもりだろう。
アンジェロに連れてこられたのは彼の自室。ルクレツィアをいつかのようにそっと長椅子に座らせて、自身はあの時のようにルクレツィアの前に跪き、下から顔を覗き込んだ。
「アンジェロ殿下……あの、お話とは……きゃあっ!」
アンジェロはルクレツィアの腹部に顔を埋めるようにして華奢な身体を抱き締めた。
「……ルクレツィア、いつもと匂いが違う……もしかして、兄上とカーラ嬢のあんなところを見たから?」
シルヴィオの上で淫らに腰を揺らすカーラの姿が脳裏に浮かび、ルクレツィアの頬は熱を持って赤くなる。
「ねえルクレツィア、あの二人の行為を見てどう思った?」
「ど、どうって……!」
「……僕はしたいよ。ルクレツィアと」
「アンジェロ殿下……」
「でもね、シルヴィオ兄上みたいに誰とでもできるわけじゃない。僕は、君としかしたくない」
アンジェロが嘘を言っているとは思わないが、だからといってその気持ちが未来永劫続くものだと信じられるほど、ルクレツィアは夢見る少女ではなくなってしまった。
まだ十六歳のアンジェロとの未来を描くことは、ルクレツィアにはどうしてもできなかった。
「アンジェロ殿下にはこれからたくさんの出会いが待っています……いつか私もそのたくさんの出会いの中に埋もれていくでしょう」
「そんなこと誰にもわからないよ」
「ですが」
「ねえルクレツィア、僕を見て」
この前と状況は同じだが、アンジェロの双眸
はとても真剣だった。
「年齢や、君自身の偏った経験から僕を判断しないで。僕は第三王子で、男で、君を愛してる。それがすべてだ」
アンジェロの言うことを否定することはできなかった。確かにルクレツィアは自身の数少ない経験から物を言っただけにすぎない。
「僕を選んでルクレツィア」
「……選べません……どちらも……」
だから、御前試合はある意味僥倖だった。自分で選べないから、運を天にではなく、カリストとアンジェロにまかせようと思った。
自分で選んで再び傷つくより、選ばれて傷つけられて文句を言っている方がずっと楽だから。
「殿下は、私のどこがそんなに気に入られたのですか?」
これまでの人生で褒められたのはいつも容姿のことばかり。ルクレツィアを宮殿で見かけて恋に落ちたというアンジェロも、やはりルクレツィアの容姿に惹かれたと考えるのが妥当だった。いっそシルヴィオのようにはっきりとそう言ってくれればいい。そうすれば消去法だが、迷いなくカリストを選べる気がする。
しかしアンジェロの答えは違った。
「君を好きになったのはもう本能的にとしか言いようがないけれど……あえて理由をつけるなら、君が真っ直ぐに人を愛せる、美しい心を持った人だからだよ。相手が兄上だったのは癪だったけどね」
「美しい心?顔ではなくて?」
「ふふっ、僕も自分の美しさに関しては謙虚じゃないけど、君も大概だね。」
そう言われると少し恥ずかしい。けれど事実なのだ。
「だって……だってみんな容姿しか褒めてくれないもの。シルヴィオ様だって結局はそうだった……」
「君は確かに美しい人だ。けれどね、僕はそんなものには価値を感じない。むしろそれを維持する手間の方に価値を感じるよ」
確かに美しくいるためには努力も必要だ。しかし結局磨き上げるのは侍女だし、自身の手間はさほどない。
「私がなにかしてるわけじゃありません……」
「してるさ。ただ見た目がいいだけではこの百花咲き乱れる王宮では霞んでしまうんだよルクレツィア。美に見合っただけの所作や立ち居振る舞いだって必要だ」
「それはお父様とお母様が学ばせてくれたから……」
アンジェロは眉尻を下げ、困ったように笑った。
「君ってこんなに自信のない人だったっけ?これまでの君は自身への評価を当然のように受け取ってきたじゃないか。……きっとシルヴィオ兄上のことがあったからそうなっちゃったんだろうと思うけど、大丈夫だよルクレツィア」
アンジェロの滑らかな手のひらがルクレツィアの頬を包んだ。
「愛が続くか不安なのは誰だって同じさ。だから二人で愛を育てながら暮らして行こう。それにはもちろん君だって努力しなければならないよ。どちらか一方の想いだけじゃ愛は育たないだろうから」
「……どんな努力をすればいいのですか?」
「自分を幸せにする努力だよ」
「自分を?アンジェロ殿下ではなくて?」
「自分が幸せになることほど難しいことはないんだよルクレツィア。相手を幸せにすることのほうがずっと簡単さ。だって嫌なことには目を瞑って、ただずっと耐えていればいいんだから。でも自分が幸せになるために必要なのは我慢じゃない。君は幸せになれる人だよ。両親から受け取ってきた愛情が、最後まで君の目を曇らせなかった。シルヴィオ兄上を許さなかったのは、兄上が自分を幸せにしない男だと見抜けたからでしょう?君は自分の大切さをちゃんと知っていて、そんな自身を守ろうとここまでやったんだ。えらいよルクレツィア」
「そんな……私はただ……」
えらくなんてない。これまで、私が自分ひとりの力で成し遂げたことなんてほとんどない。いつも陰で父に助けられて、今夜だってあんなに破廉恥な下着をカーラに着せて、人様の濡れ場を見ていただけだ。カーラのような強さが羨ましい。それに比べ私ときたら、いったいなにをしてるんだ……。
ぽろり。一筋の涙が頬を伝った。
「情けにゃい……」
情けなさと、語尾が猫になってしまったことにも力が抜けて、次から次へと涙がこぼれ落ちた。
「あーあー、こんなに泣いて……もう、本当に可愛いんだから」
アンジェロは持っていたハンカチでルクレツィアの涙を優しく拭う。こんな女、若い彼にはさぞかし面倒くさいだろう。そう思って彼の顔を見ると、その表情は優しく微笑んでいた。
「好きだよルクレツィア。君のどんな顔も姿も、この涙の一粒さえも、すべてがたまらなく愛おしいんだ。だからどうか明日、僕を選んで欲しい」
“お願いだ”
祈るような顔で見上げるアンジェロに、ルクレツィアは口を開いた。
「アンジェロ殿下、私は────」
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