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しおりを挟む御前試合の朝、カリストの宮殿ではオリンドのけたたましい叫び声が響き渡った。
「なんだって!?ルクレツィア嬢が昨夜アンジェロ殿下の宮に泊まられただと!?」
言ってしまってからオリンドは“しまった”と口に手をあてたがもう遅い。
「……どういうことだ?」
朝の支度をしていたカリストの耳に、しっかりと届いてしまっていた。カリストは眉間に皺を寄せ、知らせを運んできた侍従を見た。
「そ、それが私もよく話がわからなくて……どうやら昨夜シルヴィオ殿下の宮でなにか騒ぎがあったようで、ショックを受けたルクレツィア嬢をアンジェロ殿下が介抱したとか……」
「……昨夜シルヴィオが早めに退出したのはそのせいか……」
なにがあったのかは知らないが、結果ルクレツィアがアンジェロの宮で一夜を過ごしたということは……
「ルクレツィアは……アンジェロを選んだのだな……」
「殿下!まだそうとは決まっておりません!今から私が確認して参りますので……!!」
「いや……もういい」
カリストは御前試合のために用意した服に袖を通すのをやめた。
いざとなれば力尽くでなどと言ったが、そんなことできるはずがないことは、カリスト自身が一番よく知っていた。
「……御前試合には出ない。今日は久しぶりの休暇とする。皆も休んでくれ」
「殿下……!!」
オリンドの叫びにカリストが応えることはなかった。
***
人払いを済ませたカリストは、紫色のカンパニュラが咲く庭に椅子を出した。
ここでルクレツィアと過ごしたのはほんの数日前のことなのに、随分遠い日のことのように思える。
カリストは王太子という自身の存在について誰よりも理解していた。私情に流されれば国が傾く。だからいつも、どんな時も心を揺らさぬよう生きてきた。
だが彼女──ルクレツィアだけはどうしようもなくカリストの心をかき乱した。よりにもよって弟の婚約者。
誰もがカリストに畏怖の念を抱くなか、彼女だけは違った。無邪気に笑い、話しかけ、重石のようなカリストの心をいとも簡単に軽くする。
この宮殿に彼女がいたら、きっと孤独とは無縁の人生が送れるだろう。一生をこの王宮に縛りつけられるカリストには、愛する者を伴侶に迎えられることは奇跡のような幸運だ。番の鳥のように、例え鳥かごの中だとしても、そのさえずりを近くで聞いていられるのならどんなことも厭わない。
だが、それはカリストだけの幸運で、ルクレツィアにとってそうではないことくらいよくわかっている。それでももしかしたらこんな自分の隣を選んでくれるのではないか。一縷の望み
をかけて、手を伸ばした。
──結局、駄目だったな……
***
御前試合が行われる会場は、大勢の人で賑わっていた。非公式で行われるため、ほとんどの観客は王宮に詰めている騎士団員だったが、どこから噂を聞きつけたのか、貴族のご令嬢の姿もちらほらと見かけられた。
現在会場では、騎士団でも選りすぐりの腕前の者たちによる模擬戦が行われていた。
メインの試合はもちろん三人の王子たち。しかし三人の王子のために設けられた観覧席に、第二王子シルヴィオの姿はない。そしてシルヴィオの不在のほかに、もう一つ観客を困惑させる事態が起こっていた。
王太子カリストの観覧席。そこに座っていたのは鉄仮面を被った男だった。
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