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しおりを挟むしかしアンジェロの問いかけに男はなにも答えない。
そして次の瞬間さっきのお返しとばかりに勢いよく斬りかかってきた。重い一撃を眼前で受け止めたアンジェロは、ビリビリと痺れる手に顔を歪めながら、鉄仮面の男に尚も話しかける。
「間違いない、お前オリンドだろ!兄上はどうした!?」
「……どなたかが、我が主に対してだけ卑怯な手をお使いになったようで……その結果出場を辞退されると」
オリンドの言葉にアンジェロの眉が僅かに動いた。
「……それは残念だったね。だが棄権ならこの勝負は僕の勝ちだ。だからもう引けオリンド。ルクレツィアは誰にも渡さないよ」
「いいえ。私がこの勝負に勝ち、必ずやルクレツィア様をカリスト殿下の元にお連れします。そしてルクレツィア様には真実をお伝えする。カリスト殿下付きの侍従に嘘を吹き込んだのはあなた様だと。まさか目の下に隈を作るほど一晩中偽装工作に励んでおられたとは……呆れましたよ殿下!」
*
「……お前が自分からここに来るなんて初めてだな」
聞き慣れない靴音が、近づいてくるたびに躊躇うように止まってはまた鳴り出す。そんなことを何回か繰り返しながら、ようやく背後までやってきた。
カリストが振り向くと、そこにはシルヴィオの姿があった。
だが、いつもの作り物の笑顔を貼り付けたような弟ではない。この顔を最後に見たのはもう随分前。その頃、まだカリストは王太子ではなく、兄弟には歳の差以外の違いがなかった。
「……こんなところでなにをしているの兄上!今日は御前試合のはずでしょう!?」
「敵が一人減ったんだ。お前たちにはその方が都合がいいだろう?それにお前こそなにをしてる。今日の試合に勝ってルクレツィアの心を取り戻すんじゃなかったのか」
シルヴィオはわかりやすく沈んだ表情に変わった。
「……私はこのたび、カーラ・ランベルディ公爵令嬢と結婚することになりました……」
「……は?なんでいきなりそういう話しになるんだ」
「そんなのは私が一番知りたいですよ!ルクレツィアから話があると言われて部屋に行ったら、彼女に贈ったはずの下着をつけてカーラがベッドの中にいたんです!!」
「お前まさか、それでカーラ嬢をルクレツィアと間違えて、“ついうっかり手を出してしまいました”とか言わないよな?人間には顔という間違えようのないものがついているのだから」
シルヴィオはぐぅっと喉を詰まらせた。
まさか、本当に手を出したのか。
しかも顔を確認せずに?
「……冗談だろ……」
カリストは背もたれに身体を預け、天を仰いだ。
カーラは、本人の資質云々はこの際別として、何代か前にエルドラの王族も降嫁している公爵家の、高貴な血を継ぐ令嬢である。
あわよくばと、お手付き目当てで生家から送り出されたその他大勢の侍女たちとは格が違いすぎる。
いくら王子とはいえ、“手を出してすみませんでした”では済まされない。
「わ、私はルクレツィアとやり直すつもりだったんです!!それにルクレツィアに贈った物を身につけているんだから、当然そこに寝ているのは彼女だと思って……!!」
「それで……その現場をルクレツィアに見られたのか?」
「……見られたどころの話じゃないよ……もう、私と彼女の道が交わることは一生ありません……」
あれほど諦めの悪かった弟がここまで言うのだ。なにをどこまで見られたのかは知らないが、復縁の道は完全に断たれてしまったのだろう。
シルヴィオは意を決したようにカリストの前に周り、正面から向き合った。
「この庭園の花は、どれもルクレツィアが好きな花ですよね?その花で庭を埋め尽くすほど彼女に恋い焦がれているくせに、なぜ試合にでないんです?」
「……今朝侍従から、昨夜ルクレツィアがアンジェロの宮に泊まったと聞いた。それがどういう意味かはお前にだってわかるだろう。私とお前にできることは、彼女の幸せを願うことしかないんだ」
「なに言ってるの兄上?ルクレツィアが泊まったのはアンジェロの部屋じゃない。賓客用の客室だよ。それに、カーラとアラベッラ嬢と三人同室だったと私は聞いている」
「なんだと……?だが確かにそう聞いた」
「誰にそんなことを吹き込まれたのかは知らないけれど、ルクレツィアはまだ誰も選んではいません。私がこんなことを言える立場じゃないのはよくわかってるけど……私は、彼女を託すなら兄上がいい。誰よりもルクレツィアのことを知っていて、今もこうやって彼女の幸せだけを願う兄上にこそ、彼女を幸せにして欲しい!頼むよ兄上!今すぐ彼女の元に行ってくれ!!」
言い終えたシルヴィオの瞳は涙で滲んでいた。カリストはそんなシルヴィオの顔をしばらく無言で見つめていた。
悔しいだろう。
王太子に指名されなかった弟たちは、いつの日か王子という身分から離れ新たな姓を賜り、王宮を出てカリストの臣下に降らなければならない。
そんなシルヴィオにとってルクレツィアは、この先自身に欠けてしまったすべてを満たしてくれる存在になるはずだった。どんなに無様な真似をしても手放したくなかったはずだ。
そんな弟が覚悟を決め、カリストにルクレツィアの行く末を頼んだのだ。
──まあ、ルクレツィアにとっては迷惑な話だろうけどな
カリストは苦笑した。
「兄上、なにを笑ってるの!?私がこんなに真剣に話をしているのに!」
「いや……馬鹿な弟ほど可愛いものだと思ってな……」
そしてカリストは立ち上がった。
「よく言ったシルヴィオ。約束しよう。ルクレツィアは私が必ず幸せにする」
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