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しおりを挟む目覚めると夫の姿はそこになかった。
隣に広がる皺の寄ったシーツの上に手を滑らせると、ひんやりと冷たい。どうやらだいぶ前に出ていったようだ。
(今……何時頃なのかしら……)
分厚いカーテンに阻まれてはいるが、僅かな隙間から見える光はとても強い。おそらく昼はとっくに過ぎているだろう。
いつまでもこのまま寝ているわけにもいかない。けれど身体を起こそうとしても、あちこちが重だるくてうまく動かせない。
昨夜、最後の方はあまり記憶にない。いつも一度では終わらない夫ではあるが、一晩であんなに何度も抱かれたのは初めてのことだった。
「奥様、お目覚めですか……?」
続き部屋の方から遠慮がちに声が聞こえた。いつもツェツィーリエの身の回りのことを世話してくれる侍女のアンナだ。
「アンナ……ごめんなさい、手を貸してくれるかしら?うまく身体が動かせなくて……」
アンナは慌てたように小走りで近寄ってくると、心配そうにツェツィーリエの顔を覗き込んだ。昨夜のことで随分心配をかけてしまったようだ。きっと気にして近くに控えていてくれたのだろう。
「どうぞ掴まってくださ……あ……」
ツェツィーリエを抱き起こすように支えたアンナが、急に顔を真っ赤にして魚のように口をパクパクさせ、顔を背けた。
「どうしたのアンナ?あ……!」
なにも身につけていなかったツェツィーリエの白い肌の上には、風に舞い散る花びらのようにいくつもの赤い染みが。
(こんなに……たくさん……)
見えている部分だけでも相当な数だ。まさかと思い、アンナが目を逸らしている隙にチラリと掛布をめくると、それはなんと下半身にまで及んでいた。
ぼっ、と火を噴いたようにツェツィーリエの顔が熱を持った。
「ご、ごめんなさいアンナ……私、昨夜は相当旦那様を怒らせてしまったみたいで……」
「い、いいえ!あの、奥様……私のような使用人がこんなことを申し上げるのは差し出がましいのですが……旦那様はご自分の思ってらっしゃることを素直に伝えるのが苦手でいらっしゃいます。昨夜お二人になにがあったのかは存じ上げませんが、旦那様は怒ってなどいらっしゃらないと思います。それに、怒ってる男性はこのようにしつこく……いえ、たくさん求めたりはしないと思います!!」
「……え……?」
呆気にとられるツェツィーリエに向かい、アンナは熱弁を振るう。
「喧嘩の最中は寝室を分けられるご夫婦がほとんどだと聞きます。なにせ喧嘩中は、相手の顔のつくりすら憎たらしくって見たくなくなるものですから!なので旦那様は怒っていらっしゃらないと思います!」
「そういうものなのかしら……でも……」
亡くなった一番目の夫は機嫌が悪くなるといつもツェツィーリエを詰りながら執拗に抱いた。まるで自らに服従させるように。
そしてひとしきり好き勝手に抱いて気が済むと、すぐにベッドを出ていって身体を洗い、寝室には戻ってこなかった。まるで情事のあとのツェツィーリエとベッドが汚らしいとでもいうように。
事後に甘い会話もなにもない。目覚めた時はいつも一人。
ユリアンとの生活も以前となにも変わらない。だから男性とは……夫婦生活とはこういうものなのだと思っていた。
それを話すとアンナはひどく残念そうな顔をツェツィーリエに向けた。
「私の口からはこれ以上申し上げられませんが……奥様、どうかもう少し自信を持ってください」
「……ありがとう、アンナ。あなたのような優しい人がそばにいてくれて本当に嬉しいわ。でもね、旦那様は昨夜私を宴に連れて行かなければよかったとおっしゃったわ……それに、私はこの屋敷にいるだけでいいんだって……きっと私のことを皆さまに紹介するのが恥ずかしいのね……なにか事情があって私を娶られたのよ。だから妻帯者という体裁だけ保てればいいということなんだわ。駄目ね、私……せめて少しでも旦那様に恩返しをしたいのに、これじゃなんの役にも立てないわ……」
「奥様……」
「こんな話をあなたにしても困らせるだけよね。ごめんなさいアンナ……浴室に連れて行ってくれる?」
アンナはまだなにか言いたげな顔をしていたが、ツェツィーリエに促され、浴室まで案内したのだった。
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