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しおりを挟む浴槽には既にたっぷりの湯が張られていて、身体を浸けるまで滑らないようアンナがしっかり支えてくれた。
身体が解れ、ほう、と思わず息が漏れる。
気を遣って薬湯にしてくれたのだろうか。独特の香りがする乳白色の湯の中で、身体中に散った赤い花びらは一際存在を主張した。
見ればそれは胴体だけでなく、二の腕や太腿の柔いところにまで広がっている。足の付け根にも。
いつの間にこんなところにつけたのだろう。
抱かれている間、ツェツィーリエにそんな記憶はないのに。
「アンナ、旦那様は王城に行かれたの?」
「はい。今朝もいつも通り出勤なさいました」
「そう……」
ではきっと今頃アデリーナと会っているのだろう。そしてツェツィーリエがお茶の誘いを辞退する旨を伝えているはずだ。
そしてその後は、あの時のようにきっと二人で……。
(ううん、やめよう。考えても仕方ないわ)
ツェツィーリエは、脳裏に浮かんだ庭園での光景をすぐさま追いやった。
「……旦那様は許してくださるかしら……」
ぽつり、呟くように漏らした言葉をアンナは聞き逃さなかった。
「許すもなにも、奥様はなにも悪いことなんてしていらっしゃらないのですから。大丈夫です。きっと夜には元通りお話できますよ」
「そう……そうよね。ありがとうアンナ」
しかしその夜、ツェツィーリエはユリアンを待ち続けたが、彼はいつまで経っても戻って来なかった。
*
時は少し遡る。
王城へ着いたユリアンは、真っ先にアデリーナへの謁見を願い出た。
だが取り次ぎを頼んだ顔馴染みであるアデリーナの侍女は、主の意向を聞きに行きもせず、ユリアンの申し出を断った。
アデリーナは昨夜の宴で休むのが遅くなり、誰か来ても通さないよう言いつかっていると。
仕方なくユリアンはその侍女に、アデリーナが起き次第自身の訪問を伝えてくれるよう頼んでその場をあとにした。
王城に隣接する騎士団の詰所に向かって歩きながら、ユリアンは昨夜の自身の行いを振り返り、今日何度目かのため息をついた。
昨夜、ツェツィーリエが気を失うまで抱き潰してしまい、慌てて我に返ると空はもう白んでいた。
せめてもの償いにと、汚してしまった身体を優しく拭いた。だが柔らかな肌に触れているうちに、再び膨れ上がった欲望が首をもたげ、抑えの利かない自分が情けなかった。
肌の上を滑らせる布を追い掛けるように口づけて、気づいたらいくつもの痕を残していた。花びらが舞ったような彼女の肌を見たら、どうしようもなく気分が高揚した。彼女のすべては自分のものなのだと。
けれど、ユリアンのこの異常なまでの執着を彼女は知らない。
ツェツィーリエ。ユリアンの世界をこの世で唯一色づけてくれる愛しい人。
初めて出会ったあの日から今日まで、一瞬たりとも心の中で想わなかった時はない。
彼女を優しく包むには、真綿なんかじゃ全然足りない。ユリアンの愛でできた籠の中に閉じ込めて、誰にも見せずに、触らせずにずっとしまい込んでおきたい。不安にさせていることくらいわかってる。けれどまだ真実を伝えることができない。
(だからもう少しだけ待っていて)
必ず幸せにしてみせるから。
そうでなければなんのために。
「……なんのために君を救い出したのか……」
*
飲みすぎた団員たちが死んだようになっているだろうと思っていたユリアンだったが、詰所の中は騒然としていた。
「どうした?」
「副団長!お疲れ様です!」
「ああ、お前たちも昨夜はご苦労だったな。それよりも、なにがあった?」
「そ、それが、アンスガーの死体が城下の川で見つかったんです!」
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