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しおりを挟む“騎士らしき男の遺体が川に浮いている”
早朝、王城に隣接する騎士団の詰所に駆け込んできたのは、第一発見者である年老いた男だった。
場所は王都でも有名な歓楽街の脇を流れるアルム川。アンスガーは、大人の膝丈ほどしかない深さのこの川に、着の身着のままで浮いていたそうだ。
ユリアンは、アンスガーの遺体が運ばれたという安置所に急ぎ駆け付けた。
そこには部下のクラウスと、検死を行う医師の姿が。
医師は小柄で、白髪交じりの髪は寝癖でボサボサ。ユリアンが部屋に入ってきても、気にせず作業に没頭している。
ユリアンもこの医師のことはよく知っていた。彼の名はヘルマン・バルト。変死体の検死には、必ずといっていいほど現れる変わり者だ。彼がここにいるということは、悪い予感しかしない。
「アンスガーの死因はなんだ。溺死か?」
ユリアンは二人に挨拶もせず、いきなり本題に入った。
すると医師はそれに驚きもせず、淡々とした口調で質問に答えた。
「確かに肺に水は入っとったがな、溺死とは少し違う。ここを見てみろ」
医師はアンスガーの腕をとり、関節を見せた。
「大小の紅斑、それに水疱も……これは意識障害を引き起こす睡眠薬による中毒症状に見られる特徴じゃ。おそらくこの男は、薬を飲んだあと昏睡状態となり、なんらかの理由で川に落ちたんじゃろう」
「睡眠薬……?クラウス、アンスガーに既往歴は?日頃服用している薬があったのか?」
「いや、なにもない。まったくの健康体だ」
「なら殺されたのか……くそっ!」
ユリアンはアンスガーの遺体の乗った机を勢いよく蹴った。
「お、おいユリアン!さすがに死者を冒涜するのはまずいって!罰が当たるぞ!」
「冒涜だと!?こいつには俺のツェツィーリエと言葉を交わす機会をくれてやったんだぞ!?あの美しい小鳥のさえずりのような可憐な声を聞く奇跡のような機会を!!それなのになんの役にも立たずに死んだだと!?ふざけるなっ!冒涜どころかこいつは俺に向かって床に頭を擦り付けて感謝するべきだろうが!!」
始まってしまった。そんな表情を浮かべ、クラウスはまるですべてを諦めたように天を仰ぐ。
「……こいつときたら、ヴァルターが死んだことがよほど怖かったのか急に大人しくなりやがって……だからストレスの溜まる前線に送り込んで娯楽のすべてを断ってやれば、王都に帰ってきた時に必ずやるだろうと……そう思ったからこそ今まで泳がせておいてやったってのに……このクソ野郎が!!死ぬならツェツィーリエの周りで吸った空気全部吐き出してから死ねよ!!」
「息は川で出し切っとるし、小鳥のさえずりを聞いた耳は水に浸かって鼓膜もブヨブヨじゃ。もう許してやれ」
「うるさいこの変死体好きの変態ヤブ医者が!それとクラウス!お前、こいつをしっかり見張っとけとあれほど言ったのに一体なにをしてたんだ!!」
「……尾行させた奴らは全員行方不明だ。すまない……まさかここまでとは」
ユリアンが今度は近くの壁に拳をめり込ませた。あまりの恐ろしさにクラウスの背筋が凍る。
「……これでやっと奴らを一網打尽にできると思ったのに……おいヘルマン!こいつは事故か他殺か!?はっきりしろよ!!」
「……こりゃあ……あの綺麗な奥方も、とんでもない男に捕まってしまったもんだ……一番目の夫の方がまだマシだったかもなぁ……」
これにはクラウスも激しく同意だ。ごく一部の、近しい人間しか知らないことだがこの天才騎士と名高い年下の上司は、妻のこととなるとすべてにおいて見境がなくなる。
そして怒りで我を忘れたユリアンの目は、今のヘルマンの一言により完全に据わった。
「おい、どうやらお前も殺されたいようだなヘルマン……!」
カチャリ、と剣と鞘が擦れる音がしてヘルマンは大きなため息をついた。
「他殺じゃよ。間違いない」
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