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21 ユリアンの過去⑧
しおりを挟む一体誰が予想しただろう。騎士の訓練など一度も受けたことのない少年が、剣聖とも称される無敵の騎士団長に師事することになるなんて。
入団初日。首根っこ掴まれて無理矢理訓練場へと連れて行かれたあの日から、クレーマンは容赦なかった。そして最初に浴びせられた言葉がこれだ。
“ったく、情けねえな。よくそれで大切なものを守るだのなんだのとほざけたもんだ”
クレーマンの言うことも最もだ。なにせユリアンは公爵家の大切なお坊ちゃま。必要なことはすべて使用人がやってくれたし、移動だって馬車がある。だから剣の才能云々以前の問題で、とにかく体力のなさをなんとかする必要があったのだ。それからはひたすらに基礎体力向上のためのトレーニングに明け暮れる日々。
朝は日の出とともに起床。そして朝の支度もそこそこに、騎士団詰所の広い敷地内を何周も走らされ、もう限界だと吐き気を催した頃、尋常じゃない量の朝食を食べさせられる(ちなみに完食しなければ食堂のおばちゃんからの鉄拳制裁が待ち受けている)。
昼はとにかく鍛錬鍛錬ひたすら鍛錬。そして再び食堂にて尋常ではない量の昼食。それを完食しなければ……以下略。午後もひたすら筋肉に鞭を打ち、ボロボロになったところでまた食堂。凶悪な量の夕食に……やはり以下略。
これまで汚さ臭さとは無縁の生活を送って来たユリアンには、詰所での日々は耐えがたいものだろうと誰もが思った。しかし厳しい訓練とおかしな量の食事は別として、ユリアンにはここでの暮らしが存外性に合っていた。
ここには回りくどい貴族特有の言い回しは存在しない。気に入らなければ戦って決着をつけるだけ。実に単純、そして清々しい日々だった。
たまに貰える休みの日には必ず街へ出た。ツェツィーリエに会えることは滅多になかったが、それでも彼女に新たな危険が迫ってはいないかと、足が棒になるまで情報を集めて回った。
公爵家からユリアン宛に連絡が来ることはなかったが、王宮に来たついでなのか時折父が詰所に顔を見せることがあった。もっとも顔を見せるといっても別にユリアンに話しかけてくるわけではなく、意外にも同期で旧知の仲だというクレーマンに絡まれるだけ絡まれたあと、げんなりした顔で帰っていくだけだったが。
そうして一年が過ぎ二年が過ぎた。ツェツィーリエは二十歳をとうに過ぎていたが、ヴァルターと結婚する気配はなかった。
ギードの死後、クレーマンが言った通り組織は鳴りを潜め、手がかりだった手下の二人の顔もあの日以降見かけなくなった。
今のところ二人が結婚するにあたり、障害となるようなものは思い浮かばない。それなのにツェツィーリエが未だ独身でいるのは、もしかしたらヴァルターとの結婚を考え直しているのではないだろうか。そもそもが不誠実な男だ。そうであってくれればいいと心の底から願い続けた。
正式な騎士として認められてから、ユリアンはあらゆる戦地に志願した。早く揺るぎない地位を手に入れて、ツェツィーリエの無実を周りに認めさせられるくらいの発言権を手にするために。
そして再び数年の時が経ち、ユリアンの悲願が叶う日がやってくる。
大きな戦争だった。大勢の仲間が次々と命を散らしていく中、隊長を任されるまでに成長したユリアンは、これまでの日々をともに過ごした信頼できる仲間たちを連れ前線に立った。
後年、あのクレーマンですら敗戦の文字が脳裏に浮かんだと話すほどの戦況を、ユリアンが率いた隊が見事勝利に導いたのだ。ちなみに当時無謀ともいえるユリアンの作戦に、誰もが参加を躊躇う中、我先にと手を上げたのが現在彼の補佐を務めるクラウスだ。
ユリアンは、半年に及んだこの戦争での功績を認められ、副団長位に就任することが決まった。
ようやく、ようやくここまできた。
団長であるクレーマンは騎士団の象徴で、もはや団長とかそういうくくりの中に入れる感じではないし、もういい年だというのに相変わらずうるさいからしばらく死ななそうだ。この際彼のことは全力で出し抜く所存だ。そしてもう一人の副団長は拳で黙らせられる自信がある。
これでやっとツェツィーリエの無実を周囲に認めさせることができるのだ。
馬を駆り、帰路につくユリアンの胸は喜びと期待で膨らんでいた。しかし戦地から帰還した彼を待っていたのは残酷な事実だった。
ユリアンが戦争を勝利に導いたその日、ツェツィーリエ・コール伯爵令嬢は、ツェツィーリエ・アレンス伯爵夫人へと名前を変えていたのだ。
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