28 / 41
27
しおりを挟む嫌な夢を見た。
目覚めたツェツィーリエの身体は、ひどい寝汗で夜着がべっとりと肌に張り付いていた。
もう半年も前のことだというのに、どうしていまさらこんな夢を見たのだろう。
(……旦那様がいつも眠るところを汚してしまったわ……)
薄い夜着では防げなかったらしい。ユリアンの定位置はツェツィーリエの汗でじっとりと湿っていた。
朝の支度にやって来たアンナもツェツィーリエの様子に驚き、来たばかりだというのに身体を拭く用意をしに再び部屋を出て行った。
しばらくして湯気の出る桶を手に戻って来たアンナ。熱い湯に浸した布をしっかりと絞り、優しくツェツィーリエの肌を拭いていく。
爪先まで丁寧に拭いてくれたおかげで身体はさっぱりしたのだが、気分はまだ暗いままだった。いつも二人で使う広い食堂で、ひとり食べる気にはどうしてもなれず、今朝の朝食は部屋に運んでもらうことにした。
食欲もなく、掬ったスープに口をつけては溜息をつくツェツィーリエを、アンナがちらちらと盗み見ている。きっと昨日“夜には元通りだ”と励ました手前、ユリアンが帰宅しなかったことに気まずい思いをしているのだろう。
「……アンナ、旦那様が昨夜どちらに泊まられたか知ってる?」
こんな時にいささか意地悪な質問かなとも思ったが、ただ純粋に知りたかったのだ。しかしアンナの顔色はよくない。
「いいえ……昨夜はご連絡もなくて……」
「そうなの……」
いつもどんなに忙しくても、詰所に泊まる時は必ず連絡をくれるのに。昨夜に限って連絡できない理由があったのだろうか。まさか、アデリーナのところへ泊ったとか?
「奥様!」
スプーンを持ったままぼんやりしていると、慌てた様子の執事が入室の許可を求めてきた。
食事はまだ途中だったが、その声の様子からただならぬものを感じ、すぐ部屋に招き入れてやった。すると執事の顔は青ざめ、額にはうっすらと汗が滲んでいる。
まさかユリアンの身に何かあったのだろうか。だが執事の口から聞かされたのは、思いもよらぬ言葉だった。
「王宮より迎えがきております」
「王宮!?」
「はい。第一王女アデリーナ殿下より、ツェツィーリエ様に本日王宮へ来るようにと」
*
「まあツェツィーリエさま!来て下さったのね、嬉しいわ!」
ちょうど今が見ごろの花々が美しく咲き誇る庭園に設えられたテーブル席。ツェツィーリエを呼びつけた張本人であるアデリーナは、既に席について待っていた。
アデリーナはツェツィーリエを見るなり立ち上がった。そしてすぐそばまでやってくると、まるで親しい友人にするように、両手でツェツィーリエの手を取った。
「急にごめんなさいね。ご迷惑じゃなかったかしら?」
そのまったく悪びれない様子に、さすがのツェツィーリエも少し苛立ちを覚えた。これが前触れもなしに、ツェツィーリエが逆らえないことを知っていて迎えを寄越した人間の態度とは、とても思えなかったからだ。
控え目に開いた胸元。濃紺の生地に白いレースをたっぷりとあしらった清楚なドレスに身を包むアデリーナは、今日も息を呑むほど美しかった。しかしその首元を見た瞬間、ツェツィーリエの喉の奥が凍りついた。
「────っ!!」
見覚えのある赤い染みは、ユリアンがツェツィーリエの身体中に散らしたものと同じ。
「あなたと二人でお話しするのをとっても楽しみにしてたのよ」
そう言って微笑んだアデリーナの瞳は、穴が開いたように空虚なのに爛々と光り輝いている。なにか底知れない恐ろしさを感じ、ツェツィーリエはうまく微笑み返すことができなかった。
152
あなたにおすすめの小説
思い込みの恋
秋月朔夕
恋愛
サッカー部のエースである葉山くんに告白された。けれどこれは罰ゲームでしょう。だって彼の友達二人が植え込みでコッチをニヤニヤしながら見ているのだから。
ムーンライトノベル にも掲載中。
おかげさまでムーンライトノベル では
2020年3月14日、2020年3月15日、日間ランキング1位。
2020年3月18日、週間ランキング1位。
2020年3月19日、週間ランキング1位。
私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。
【完結】 愛されない私と隠れ家の妖精
紬あおい
恋愛
初恋は心に秘めたまま叶わず、結婚した人まで妹を愛していた。
誰にも愛されないと悟った私の心の拠りどころは、公爵邸の敷地の片隅にある小さな隠れ家だった。
普段は次期公爵の妻として、隠れ家で過ごす時は一人の人間として。
心のバランスを保つ為に必要だった。
唯一の友達だった妖精が、全てを明かした時、未来が開ける。
さよなら、私の初恋の人
キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。
破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。
出会いは10歳。
世話係に任命されたのも10歳。
それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。
そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。
だけどいつまでも子供のままではいられない。
ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。
いつもながらの完全ご都合主義。
作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。
直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。
※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』
誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。
小説家になろうさんでも時差投稿します。
誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。
しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。
幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。
その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。
実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。
やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。
妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。
絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。
なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる