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しおりを挟む「どうかあなたの本当の気持ちを聞かせてくださいツェツィーリエ。俺の気持ちを慮る必要はまったくありません。あの時……あなたには俺の元に嫁ぐしか選択肢がなかった。それはよくわかっている。そして嫁いできてからはこの有り様だ。だから、あなたが俺のことを愛せなくてもそれは当然です」
矢継ぎ早に話しかけてくるユリアンに、ツェツィーリエは困惑した。
(旦那様、こんなによく喋る人だったの?)
いつも一言二言しか言葉を発しないような人だったのに。この会話を始めてから交わした言葉の方が、結婚してからの半年で交わした言葉よりも多い。そんな能天気なことをツェツィーリエが考えているなんて、彼は夢にも思わないだろう。
ユリアンは、ツェツィーリエに気持ちを聞かせろという割にはまったく話す隙を与えず、その後も一人で喋り続けた。
「どうか俺にあなたとやり直す機会をくれませんか。あなたが夫婦関係において必要だと思うことや、して欲しいことを教えてくれたなら、俺はそれをすべて叶えて見せます!」
「そんな……旦那様はただでさえお忙しいのに、そんなわがままは言えません」
言外に、無理をしては夫婦関係は長続きしないのでは……と言おうとしただけなのだが、ユリアンはまるで違う角度に捉えてしまったようだ。
「では騎士団を辞めます。明日」
「ええっ!?」
なんで、どうしてそういう話になるの。
「だって騎士団なんて元々あなたを守るために入っただけだし、そもそも俺は次期ベルクヴァイン公爵で財産めちゃくちゃあるし戦場に行く必要なんてこれっぽっちもないし団長はムカつくし詰所は汚いし汗くさいし俺は一日中あなたの匂いを嗅いでいたいし」
「ま、待ってください旦那様!!」
無敵の副団長を、先の戦争の英雄をこんなことであっさり辞めさせていいわけがない。しかも辞めた理由がツェツィーリエと一緒にいるためだなんていうことが広まれば、国民から恨みを買うこと間違いなしだ。しかしユリアンの目は本気だ。
「……その“旦那様”というのもやめて欲しい」
「あ……」
あまりにも身分が違うから、名前で呼ぶのが憚られてずっとそう呼んできた。
(でも、名前で呼んで欲しかったんだ……)
「……ユリアン」
初めて彼の名を声に出して呼んだ。その途端ユリアンは花が咲いたような笑顔を見せ、ツェツィーリエの胸は、なにかとても温かいものに包まれた。
本当はずっと羨ましかった。彼をそう呼べるアデリーナと、二人の育んできた時間が。たとえそれが幼馴染としての純粋なものだったとしても。
「私はここに、ユリアンのそばにいてもいいのですか?」
「当たり前だ。嫌だと言ってもどこにも行かせない。しばらくは……いやずっと屋敷から出ないで欲しい。ずっと俺に抱かれて、俺のことだけ考えて、他の男は絶対にその目に映さないで欲しい」
(……ん?)
「事件のことは抜きにしても、宴には連れて行きたくなかったんだ。あなたを見た奴らの目を短剣でくりぬいてやりたいと本気で思った」
(んん?)
「ねえツェツィーリエ、今はまだ俺を愛してくれなくていい。そばにいてくれるだけでいいよ。でもお願いだから俺を拒まないで。きっとしばらくはすごくしつこくすると思うから……」
(んんん?)
「今日は……あんなことがあったばかりだから、本当は休ませてあげたいんだけどできないんだ。どうか許して?精一杯優しくするし、気持ちよくするから……」
(んんんん!?)
あっという間に景色が変わり、美貌の夫の後ろにはいつもの天井が見える。
「あああの、旦那様?」
「ユリアン」
「ユ、ユリアン?詰所に戻らなくてもいいのですか?きっと今頃王宮内も大騒ぎになって」
「どうして?そんなに俺にいなくなって欲しいの?さっきは俺の口から美味しそうに水を飲んでいたのに……」
それは関係ないです。とこの状況で言えるほどツェツィーリエの肝は座っていない。
「ふぁっ……!!」
白く細い首筋に顔を埋めたユリアンは、いつものように肺をツェツィーリエの香りで満たすと満足気に微笑んだ。
「ツェツィーリエ」
耳元で囁く彼の息が熱い。
耳孔に沿ってゆっくりと舌を這わされ腰が浮く。既に何度もユリアンを受け入れたこの身体は、信じられないくらい彼のすることに素直で従順だ。だがそれも、言葉はなかったけれどいつも自分に触れる彼の手が優しかったから。
舌の這う音に気を取られていたツェツィーリエの、二つの膨らみの小さな頂を薄い布越しにすりすりと指で擦られ思わず声が漏れた。
「っう……ぁ……ん」
消え入るような小さな声にユリアンがゴクリと喉を鳴らした。
「かわいい、ツェツィーリエ……もっと、もっと俺に声を聞かせて……」
この甘い声は本当に夫の声だろうか。身体の奥から湧き上がる熱が見せる幻ではないだろうか。
するすると衣が優しく擦れる音がして、肌にひんやりとした空気が触れる。ツェツィーリエを一糸纏わぬ姿にしたユリアンは上体を起こし、自身が着ていた衣服に手をかけた。
服の下から彫像のように割れた腹部が現れると、ツェツィーリエの心臓はドクンと跳ねた。彼の裸はいつも見ているはずなのに、なぜか今日は初めて肌を重ねるみたいで、神聖な儀式をするような気分だった。
ユリアンは再び屈み、生まれたままの素肌を体重をかけぬようにしてツェツィーリエのそれと重ね合わせた。
ツェツィーリエを見つめるユリアンの目元は朱に染まり、潤んでいる。初めての夜の時のように、ツェツィーリエは両手でユリアンの頬を包んだ。
「あの時も……こうして触れてくれた……」
憶えているのは自分だけだと思っていた。でもそうじゃない、この人にとってもあれは初めての特別な瞬間だったのだ。ツェツィーリエはそのままユリアンの顔を引き寄せて、口づけた。いつも彼の合図を待つだけだったが、今日は自分から舌を差し入れた。
深く深く、お互いの心を探るように舌を絡ませ合い、息を継ぐことも忘れるほどに夢中になった。
ようやく唇を放すと、ユリアンは肌を啄むように下腹部の方へ向かって口づけを落としていく。そしてツェツィーリエの太腿に手をかけると両側に割り、髪の色と同じ亜麻色の下生えに目を細め、おもむろに顔を近づけた。
「ひぅっ……や、ユリアンいやぁ!」
はむっと音がするくらい大胆にかぶりつかれ、ツェツィーリエは羞恥に震えた。
今までだって何度もされてきた行為だが、ここまでされたのは初めてだ。ユリアンの頭を押して抗議するも、さすが無敵の副団長だ。びくともしない。そして抵抗虚しくさらに大きく足を開かれて、蜜口の上の小さな花芽を甘噛みされた。
「あっ、あっ、やあぁ!!」
「すごい……こんなに蜜が溢れてきた……ツェツィーリエはここが好きなんだね」
お願いだからそんなところでうっとりと喋らないで欲しい。
そんなツェツィーリエの思いなど知らぬユリアンは、ここぞとばかりにそこを責め立てた。
花芽を舌先でちろちろとなぶりながら、長い指に蜜を纏わせるように割れ目を擦り、それを柔らかな肉壁の中に差し入れ、抜き差しを繰り返す。
器にたまった水を激しくかき混ぜるような、ツェツィーリエの喘ぐ声よりも大きな音が部屋中に響く。目の前に火花が散るような強烈な快感が何度もツェツィーリエを襲った。自身の施す愛撫に声を上げ続ける妻の官能的な姿に、必死で繋いでいたユリアンの理性の糸が焼き切れた。
「ツェツィーリエ……っ!」
性急な仕草でツェツィーリエの中に分け入ったユリアンを、すでに十分蕩かされたそこは難なく受け入れた。空虚だったものが隙間なく埋まるような不思議な感覚。それはまるでお互いが一つのものであったかのよう。
「ユリアン……ユリアン……ユリアン……!!」
激しく揺さぶられ、息も絶え絶えなのに、ずっとこのままでいたいと願ってしまうほど甘美で優しい時間が流れる。
「ツェツィーリエ、俺のすべてはあなたのものだ。そしてあなたも未来永劫俺のもの……そうだよね?」
最奥を穿たれ、大きな快感の波がツェツィーリエを攫おうとしていたその時、ユリアンは耳元で囁いた。なにも考えられないツェツィーリエは、うわごとのようにそれを復唱した。
「私……は……っ……未来永劫、ユリアンの……もの……です……だから」
「だから?」
「だから……もっと……もっとしてユリアン……!」
「!!!!!」
それからのことはよく覚えていない。ただ、起きたら三日後だったということだけだ。
***
ツェツィーリエが眠り続ける中、騎士団に退団届けを提出しようとしたユリアンだったが、団員たちの決死の特攻にあい失敗した。
そしてアデリーナの一件は、国王のたっての願いにより秘匿されることが決定した。
騎士団長クレーマンはこれに激しく反発したが、組織の人間をすべて騎士団に引き渡すことを条件に、醜聞を嫌う穏健派に押し切られた形となった。
この騒ぎを起こした張本人であるアデリーナは、自ら斬首刑を望んだ。しかしやはりそれも、いつか政治の駒として使えるかもしれないという臣下たちの思惑で、表向きは療養と称し、孤島の修道院へ送られることとなったのだ。
*
「なんであんなことしたんですか」
港までの護送を申し付けられたクラウスは、船に乗り込もうとしていたアデリーナに問い掛けた。
「俺、結構長いこと騎士団にいるんで、それなりに殿下の色んな顔を知ってるから言うんですけど……なんか殿下らしくないっていうか……男にいれあげて人生おかしくなるようなタイプじゃないと思ってました。しかも詰めも甘かったし……」
「……ユリアンはなにか言ってた?」
「いいえ、なにも。相変わらず冷たいですよね。幼馴染みが離島に送られるっていうのに……あ、すみません」
「クラウスだったわね。美味しいお酒とチョコレートを持ってきてくれるなら、相手をしてあげるわよ。……なんてね。もう行くわ。ここまでありがとう」
アデリーナが身に纏っていたのは粗末な修道服だったが、王宮で華やかに咲き誇っていたときのまま、鮮やかで美しい笑顔だった。
船が陸を離れ、生まれ故郷が少しずつ遠ざかっていく。しかしアデリーナはそのことにはなんの未練もなかった。
(……?)
港から少し離れた場所に見えたあるものに、アデリーナは目を瞠った。
(ユリアン……!!)
濡羽色の美しい黒髪の青年。アデリーナの大切な幼馴染みがそこにいた。
誰にも言わず、見送りにきてくれたのだ。
アデリーナが初めて、そして唯一愛した同い年のはとこ。
騎士団に入団した時の彼は、明らかにこれまでと様子が違った。その鬼気迫る様子に妙な不安を覚えたアデリーナは、彼の身辺を探り、ツェツィーリエの存在を知った。
ショックだった。これまで彼は、アデリーナ以外の異性を誰も寄せ付けなかった。だから、いつか彼のもとに嫁ぎ、その腕に抱かれ甘やかされるのは自分だけだとずっと思っていたから。
ユリアンの性格はよく知っている。たとえツェツィーリエを始末したところで、彼の心は一生手に入らない。もしそんなことをすれば彼は自分自身の世界を閉ざしてしまうだけだ。
けれどユリアンとツェツィーリエの状況を聞く限り、二人が幸せになるのもこれまた絶望的だった。
どうやったらアデリーナはユリアンを幸せにできるだろう。答えは簡単だった。
アデリーナがすべてを抱え込んで死ねば、ユリアンは幸せになれるのだ。
ことは簡単に進んだ。裏社会に精通する貴族の紹介で組織と接触し、金の力で掌握した。ヴァルターに抱かれるのは死ぬほどつらかったが、彼を奈落の底に落とすためには必要なことだった。
ユリアンがずっと娼館の周りを張っていることも知っていた。だから教えてやったのだ。一か八かだったが、【血の免罪符】のことを。
あとは行為の時にいつもより多めに薬を飲ませ、強めに脅してやれば、錯乱したヴァルターはきっとユリアンと遭遇する。ツェツィーリエを愛しているヴァルターはきっと自死を決行するだろうと思った。
愛した男が他の女と幸せになる姿を近くで見続けるくらいなら、死んでしまいたかった。けれどこんな結末も案外悪くない。
「だって……結局あなたを幸せにしたのは私なんだもの。ね……ユリアン……」
アデリーナは揺れる甲板の上、ユリアンの姿が見えなくなるまでそこに立ち続けた。
年下夫の嘘 完
【年下夫の嘘】をお読みいただきありがとうございました。
初めましての方も、いつもありがとうございますの方も、ここまでお付き合いくださったこと、心から感謝申し上げます!
今回も例のごとくプロットだとか全然考えず、頭の中に浮かんだことをそのまま書いてしまったので、時系列や設定に色んな矛盾点があったのではないかと思います💦
それでも見捨てずにここまでお付き合いいただいたこと、本当にありがとうございます。
クマ三郎初の、ちょいモヤなエンドになってしまったのですが……なんかすみません(´;ω;`)
読後感が悪いのは好きではないのですが、色んな作風をお届けしたくてこのようにさせていただきました。ツェツィーリエとユリアンについてはご要望があればその後のことなんかも少し触れたいと思ってます!
そしていつもたくさんのご感想を本当にありがとうございます。こんなに早く更新できたのは間違いなく皆さんのご感想のおかげです。まだお返事が追いついていないのですが、必ず全員の方にお返事したいと思っております。
長くなってしまいましたが、また次のお話でも皆さまにお会いできるよう、これからも書き続けていきたいと思います。
2022.4.19 クマ三郎(´(ェ)`)
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めっちゃ良かったです。
リナ最高 完全に騙されました
Tomokodx様こんにちはʕ*´ﻌ`*ʔ
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最後までお読みくださってありがとうございます!また別のお話でもお会いできるように、これからも書き続けたいと思います♡
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