この幸せがあなたに届きますように 〜『空の子』様は年齢不詳〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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997年目

02 はじまり ※エリサ

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 ※※※ エリサ ※※※



おかしい。

いや、もう何というか全てがおかしい。
疑問が次から次に湧いてくる。疑問だらけだ。


今朝、王宮の森に祭壇が現れた。

100年に一度現れるという伝説の祭壇だ。

確かに今日が《祭壇が現れる日》だと、文書で伝えられてはいた。
だが昨日までは何もなかった場所にいきなり巨大な祭壇が現れたのだ。
王宮はそれはもう、大騒ぎとなった。

伝説の祭壇を見ようと王宮に来ていた貴族。仕事でいた者。
老若男女、皆こぞって王宮の森に走った。

100年に一度。つまり生きている間にはもう二度と拝めない『空』がおこした《奇跡》をひと目見ようと駆けつけたのだ。

しかし、では儀式を、とはならなかった。いや、出来なかった。

儀式を行う王女様が今、この国には存在しないのだ。

現国王陛下には、私がお使えする第3王子殿下――レオン様を含め三人の王子様がいらっしゃるが、王女様はない。

残念だが祭壇を眺めて終わると思っていたその時、国王陛下が提案された。


――「こうして祭壇が現れたのだ。
『空』は祈りをご所望なのかもしれぬ。
王女はおらぬから王子たちに儀式を行わせよう。
『空』に感謝をお伝えする良い機会ではないか」―― と。


そこで三人の殿下方が儀式を行われることとなった。

四角の巨石を置き、そのまわりに小石を敷き詰めただけの質素な祭壇と、同じく小石を敷き詰めた細く長い参道。

誰の目にも見えているそれは、不思議なことに殿下方だけしか入れなかった。


王族と、この国の主要貴族。大臣。そして私たち警護の近衛隊が見守る中、まずは第1王子――王太子殿下が祭壇へ向かわれた。

細く長い参道をゆっくりと進み、最奥の祭壇の前に着くと一礼された。
そして普段の式典と同じように跪き、『空』へ感謝の祈りを捧げられた……のだ多分。

お声が全く聞こえなかったのだ。
が、もはや些細なこと。誰も気にした様子はなかった。

その後、王太子殿下は立ち上がると空を見上げて何事か言われたようだった。
『空の子』様を降ろしていただく為の祈りの言葉だったのだと思う。

しかし何も起こらなかった。

王太子殿下は再び一礼されると、参道を戻ってこられた。

次に第2王子殿下が同じ手順で儀式をされたが。
やはり何も起こらなかった。

そして最後に第3王子殿下――レオン様が同じように儀式をされたが。
……やはり何も起こらなかった。

当然だ。本来は王女様がおこなう儀式なのだから。
私だけでなくきっと皆が皆、そう思って見ていただろう。

レオン様は最後に一礼されるとくるりと向きを変え、こちらへと歩き出された。

あと数歩で参道を抜ける。
儀式の終了を誰もが確信していただろう、その時。

雷が落ちたのかと思うほどの強い光が祭壇を包んだ。

周りから驚きの声があがった。
気づいたレオン様が祭壇を振り返る―――

しばらくして。
光は消え、かわりに薄い布をまとった『少女』がひとり、祭壇に座っていた。


私は儀式の様子を思い出す。


それはもう、大興奮だった……!
何度思い返しても身体が震える……!

儀式は成功した。

私がお使えする第3王子殿下――レオン様の祈りが『空』に届き、我が国は数百年ぶりに伝説の『空の子』様をお迎えしたのだ。


あれから。

レオン様は祭壇へ戻り少女――『空の子』様の手をとり祭壇から下ろしご自分の上着を脱いで『空の子』様を包むと、そっと抱き上げて……

あの細く長い参道を、こちらへと歩いてこられるお姿は感動モノだった。

お二人が参道を抜けると、それまでがまるで夢だったかのように祭壇は消えた。
『空の子』様の存在だけが、夢ではなかったことを物語っていた。


それから。

当然のように『空の子』様のお世話はレオン様が任され、それで『空の子』様をここ、レオン様の住まう南の宮にお連れしたのだが。

予想だにしていなかった事態に皆、大いに戸惑い大騒ぎになった。

何故か『空の子』様も
「どうしてここにいるのか、わからない」と困惑しておられた。

そんな中、レオン様だけは落ち着いていらした。

まず『空の子』様のために、何か服を持ってくるよう侍女に指示をし、
(結局大きかったのでシャツだけ着ていただくことになったが)

『空の子』様の服を作る衣装係の手配をし、

『空の子』様をなだめ、どこからか持ってこられた絵本を渡し。

『空の子』様が落ち着かれるまでは側に人を多く置かない方が良い、と判断されると侍女や護衛の皆には部屋の外での待機を命じ

呼び出しを受け、国王陛下のもとに行かれた。

私ひとりを『空の子』様のお相手に、と部屋に残して。


―――で、今に至る。のだが。


目の前の『空の子』様は、それはもう美少女でいらっしゃる。

10歳くらいだろうか。

伝説通りの漆黒の髪は艶やかで、真っ直ぐ腰のあたりまで伸びている。

漆黒の瞳はやや切長で大きく、輝くような白い肌や、形の良い薄紅色の唇とのコントラストが素晴らしい。

そして細い首。小さく華奢な身体にすらりと伸びた手足。

その造形に非の打ち所など、どこにもない。

『空の子』様は『空の子』様であり、只人ではないのだ。
そう確信する程の、そのお姿。


―――― な の に ――――


私は耳を疑った。


「どっこいしょっと」


―――今、なんて言われた?

「どっこいしょ」って言った?

言ったよね?? え? 

『空の子』様が「どっこいしょ」?

いや!ないないない!

幻聴だ! 幻聴に違いない!


「くうううぅー」


―――今のなにっ?

いきなり両手で顔を覆われたと思ったら今のなにっ?!

え、言葉? 唸り声? ―――まさかお腹の音っ?!
『空の子』様が? 『空の子』様が? 『空の子』様が?!

あり得ない……っ!!

ああ、そうか! やっぱり幻聴だ! 絶対そうだ! 幻聴だ!

幻聴が聞こえるわ。いやだわ、どうしたの私の耳! 誰かーーっ!

お願い!! 誰か嘘だと言ってーーーーっ!!



『空の子』様にこちらを向かれて心臓がはねた。

どうしよう! どうすれば?!

そう戸惑っていたら突然、『空の子』様は微笑まれた。女神のごとく。

さすが『空の子』様……!
ああ……本当に、女の私でも見惚れるような美少女でいらっしゃる。

その美少女が首を傾げた。

「あなたお名前は?」

惚けていた頭からさっと血の気がひいた。
そういえばご挨拶もしていなかったと気づき青くなる。

姿勢を正しお答えする。

「エリサ、と申します」

「エリサちゃんね」

―――エリサ《ちゃん》?

えええええーーーーっ?!

続けて言おうとしていた挨拶の言葉が一瞬で砕け散った!破壊力はばつぐんだ!

〉〉〉〉〉《ちゃん》付け?〈〈〈〈〈

な………なんで《ちゃん》??
私の方がどう見たって年上だよね?

なんで《ちゃん》?

せめて《さん》ならわかるけど。
いや、《さん》付けされても困るけど、

なんで《ちゃん》??
ねえ、なんで《ちゃん》?!

へ……変な汗が出てきた。

待て待て待て。落ち着こう。しっかりして私!
あああ、お返事!そう、早くお、お答えしなきゃ!

「いえ!あの!……どうか呼び捨てに!
……その、いつもそう呼ばれておりますので」

私の動揺など全く気にすることなく、
目の前の美少女は、ぱっと花が開くように笑った。

「そうなの?じゃあエリサって呼ばせてもらうね。
えーっと初めましてエリサ。私はチヒロ。チヒロって呼んでね」

ーーーって、呼び捨てできるかーーーーーっ!!

戸惑っていたら今度は、

「その……私は『女の子』だよね?」

と聞かれた。

―――なんでそこ、疑問形?

女神の如くのお姿で
少女独特の、小鳥のさえずりのように高く愛らしいそのお声で。

なされる事、おっしゃる事が想像を絶する!!

極めつけは鏡を所望され、ならばとお渡しした私の小さなコンパクト。

その蓋を開け、鏡でご自身の顔をご覧になられた瞬間に
小さく呟かれた言葉を私は聞き逃さなかった。

「誰これ」

―――えええええええええ~っっ!!!!


立ったまま意識がぶっ飛んだ。


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