この幸せがあなたに届きますように 〜『空の子』様は年齢不詳〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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997年目

15 裏誕生日 ※エリサ

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 ※※※ エリサ ※※※



「くくくくっ!《孫娘》って。可笑しかった!チヒロ様、最高!」


チヒロ様が就寝されてすぐ。
それまでずっと澄まし顔でいたアイシャは突然、壊れように笑い出した。

隣の寝室で眠るチヒロ様を気にしてか声を抑えている分、身をよじっている。
その上、涙まで出ている。

その涙を手で押さえてアイシャが言った。

「『空の子』様も同じとはね。やっぱり子どもはどこでも変わらないのね」

「え?」

「ああ、エリサは兄弟がいないから経験がなくてびっくりした?
子どもって、周りにいる大人の口癖を真似するものよ」

「―――そうなの」

そういうアイシャは年の離れた5人兄弟の長女だ。
チヒロ様の《孫娘》発言を、なんと言って誤魔化したものかと思っていた私は心の底からホッとした。

アイシャはまだ笑っている。

「でもエリサにだってそういう経験ない?私はあるけど。
……やっぱりチヒロ様くらいの時ね。
子ども扱いされたくなくて言葉使いやら服装やら、背伸びしてたなぁ。
でも、いざ大人になってみれば変わったのは身体だけ。
気持ちは10歳の頃と似たようなもので《大人ってこんなものか》って拍子抜けしちゃったけどね」

「ああ。それはわかる」

年を重ねて経験が増えた分、《大人》な対応ができるようにはなった。
だけど心が大人になったかと聞かれたら微妙だ。

時と場合によって、私は子どもにも大人にもなる。
《身体の年齢》と《心の年齢》は必ずしも同じではないのだ。


―――チヒロ様も同じなんだろうか。

そう思ったところで気がついた。
いや、同じなはずがない。

チヒロ様は普通ないはずの《天寿を全うした前世の記憶》だけを持ち、本来あるはずの《今世の今まで成長した記憶》はないのだ。

その心の基礎となっているのは今、前世の記憶だけ。
まだはじまったばかりの今世で心を育めてはいない。

その証拠に、チヒロ様はレオン様にいくつなのかと問われても答えられなかったではないか。

きっとその心は前世で生きた年月の中を彷徨っているのだ。
子どもから老人まで。大きく振れる振り子のように―――

《おばあちゃん》が出たのがそのせいならきっと。
今後も《少女の見た目》とかけ離れた言動が出る。

私がチヒロ様をフォローしなければ。

私はひとり決意していた。


一方、アイシャは笑うのをやめたと思ったら急にほろりと言った。

「チヒロ様はきっと何処かのおばあちゃんに《こんな孫娘が欲しかった》って、ずっと言われていたんだわ。
口調までそっくりに《真似》ができるんだもの。
それなのに、一人でここにやってきて。
まだ小さいのに……。
きっと寂しくてたまらないわよね」

ぎくりとした。
チヒロ様にあるのは前世の記憶だけで、今世の記憶は全くないことをアイシャは知らない。

アイシャの言う《何処かのおばあちゃん》は《前世のチヒロ様》なのだ。
口調を《真似》したというのはちょっと違う。

そう言いたいがそれはできなかった。

これからチヒロ様と一緒にいることでアイシャは自然と気付くかもしれない。
この先はわからない。

だが今は。
私も副隊長も、そしてチヒロ様自身も、レオン様に口止めをされているのだ。
私が告げるわけにはいかない。ごめん、アイシャ。

「あの布……。やっぱり持ったまま眠られたわね」

アイシャは小さく呟いた。
《あの布》とはチヒロ様が伝説の祭壇に現れた時に纏っていた布のことだとすぐに気付く。

意識してなのか、無意識なのか。チヒロ様はあの布を一日中離さなかったのだ。
日中はストールにしていて、寝ている今はあの布を枕にしている。

アイシャはそれを小さな子どもにみられることだ、と言った。
お気に入りの何かをずっと持っていることで安心し、心の安定をはかるらしい。

チヒロ様のお心を思うと胸が痛む。
あの布はチヒロ様と一緒にここへ来た物。チヒロ様の、ただひとつの持ち物だ。

アイシャは腕を組んだ。

「それにしても、チヒロ様が床に座るのをなんとかしなくちゃね」

「え?――ああ、そうね」

感傷に浸っていた私は次の話題についていこうと気持ちを立て直す。

「《室内では靴を履かない生活をしていたから》と言われていたけど。
ここでも同じ生活をしていただくのは難しいわね。
《護衛》の私たちまで靴を脱いでいれば《何か》あった時にすぐ対応出来ない。
でも今のままでは……。チヒロ様のお洋服も汚れてしまうし」

私は頷くと部屋を見回した。

チヒロ様――『空の子』様の居室だ。当然だが広い。

ベッドやクローゼットなどのあるプライベートルームは隣――別室になっているために、この部屋にあるのは壁際の机と小さな本棚。あとは談話用のテーブルセットくらいだ。

「小さな絨毯を敷いて、そこだけを靴を脱いで上がる場所にしたらどう?」

そのスペースは十分ある。
私の提案にアイシャはポンと手を打った。

「ああ!いいわね、それ。厚い絨毯にしましょうか。
ずっと座っていてもお尻が痛くならないように」

「クッションも置こうか。お昼寝しても大丈夫なように」

「早速手配しましょう。
――良かった。チヒロ様に《床に座るのはだめだ》と押し付けなくて済むわ。
エリサったら良いことを思いつくじゃない。いいお母さんになれるわよ」

「《孫娘》じゃなくて?」

「そう、《孫娘》じゃなくて」

アイシャは笑った。

しかしすぐに残念そうに言った。

「《あの男》のこともそのくらい《大人》になればいいのに」



《あの男》と言葉にされた瞬間に、かあっと怒りが湧いてきた。

少し垂れた目と飄々とした様子―――

浮かんだそれを振り払うように私は首を振った。

「やめてよ!どうして《あの男》の話なんかするのよ」

「意地を張ってないで会いに行きなさいって言ってるのよ。
あいつが副隊長の屋敷に転がり込んでるのは知ってるでしょ」

「知らないわよ、そんなの。私は聞いてないもの」

「またそんな。私からあいつの行方を聞いたのがそんなに面白くない?
あれは――」

「――偶然、ハリスに会って聞いたんでしょ。わかってる」

「だったら」

「もうやめてって言ってるでしょ。《あの男》は近衛騎士を辞めたの。
もう私とはなんの関係もない。これ以上あいつのことは言わないで。怒るわよ」

実際はもうとっくに怒っている。
私が睨むとアイシャはやれやれといった様子でようやく黙った。


近衛騎士の中で女性騎士は多くない。数えるほどだ。
特にこの南の宮を警護する、副隊長が率いる近衛第3隊に所属する女性騎士は私たち二人きり。

そのせいだ。

私はアイシャに《あの男》のことを喋りすぎたと後悔していた。


この国は新年を迎えるとみんな一斉に歳をとる。
だから新年の祝いと同時に皆、ひとつ歳を重ねられたことを祝う。

だが、当たり前だが生まれた日――《本当の誕生日》はあるのだ。

《本当の誕生日》は《裏誕生日》と呼ばれる。

知っている人も、そうでない人もいる。
家族や友人とささやかに祝う人もいれば、祝わない人もいる。
特に重要視されていない。あまり気にされない日だ。

そんな《裏誕生日》だが、何かあるとすればひとつだけ。

《愛を囁くのに最適な日》だと言われている。

意中の相手の《裏誕生日》に想いを伝え、良い返事がもらえれば二人は離れる
ことはないと。そう言われる日だ。


―――全く、思い出すと腹が立つ。

異性に《裏誕生日》がいつかと聞かれ。
「その日、会いたいから予定をあけておいてくれ」
と言われれば誰でも《そういうことか?》と思うだろう。

たとえ相手が《あの男》だったとしても、だ。

なのに。

結局、その日の数日前。
《あの男》はハリスと任務に出ることになり約束は反故になった。

隊は違えど同じ近衛騎士だったのだ。
謝られる必要などなかった。任務を優先されて当然だと気にもしなかったから。

その後、連絡がなくても。
任務中に大怪我を負って帰ってきて、その怪我が酷く誰の見舞いも断っていると聞けば納得していた。

だが―――
傷が癒えても連絡ひとつよこさず、顔を合わせた時も笑うばかりで何も言わなかったのはどういうわけだ。

私だって馬鹿じゃない。その態度でわかったさ。

私のことなんて、なんとも思っていなかったんだと。
《裏誕生日》のことは……きっと私をからかったんだろう。


そしてそれを裏付けるように。
《あの男》は黙って近衛騎士を辞め、いなくなった。


腹を立てる以外、私にどうしろと言うのだ。

知るものか、あんな奴。
だいたい私は、はじめから《あの男》のことを気にしていたわけでもない。

いけすかない奴だと思っていたくらいだ。
裏誕生日を聞かれたから気にしただけ。それだけだ。

だから


―――忘れるんだ。《あの男》のことなんて。


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